第20話 異人(いびと)

 なんだか海で泳ぐのが楽しくなってきた。


「大森林の王者が大海原の王者にジョブチェンジしそうだな」


 泳いだり潜水してたりと異世界の海を堪能していたら、さめサメ鮫シャークが現れた。


 ……サ、サメって群れたっけ……?


 血に酔って集まってくるとかならテレビで観たが、群れて泳ぐなど聞いたことがない。それともオレが無知なだけか?


 サメの群れを茫然と見ていたら真っ白な巨大サメが現れた。


 ……サメ神かよ……!?


 神々しい気配はしないが、見た目の迫力に圧され、体が固まってしまう。


「陸の獣が海にいるとはな」


 しゃ、しゃべった!? いや、オレもしゃべるんだから驚くことじゃねーよ! なぜ海の中で声が聞こえたことに驚けよ!!


「……て、転生者か……」


 思わず声を出してしまったら、サメ神の目が丸くなった。って、なるんかい! 表情筋があんのかよ!?


「ほぉう。異人いびとか」


 異人? 異なる世界の人、ってこてか?


「オ、オレは、レオガルド。たぶん、その異人だ。あんたは、神か?」


 神ならチュートリアルを所望するぞ。


「神? まあ、海の者らからはそれに似た扱われているが、わたしは神ではない。異人なら守護聖獣と言ったほうが理解されるか?」


「な、なんとなくは理解できる」


 こんだけサメを従えていたらな。


「他にも守護聖獣はいるのか?」


「ああ、いる。海にも空にも地にもな。ただ、守護聖獣となれる者は少ない。守護聖獣も限りある命だからな」


 死ぬのは怖いが、死ねないと言うのも怖い。終わりがない獣生など地獄でしかないわ。


「あんた、名前はあるのか?」


「言葉を使う者らからはミドと呼ばれている」


 言葉を使う者? って、海にも知的生命体がいるってことか?


「レオガルド。今回はゆっくりできないが、次に会うときは地上の話を聞かせてくれ。そう遠くなければ呪言じゅごんを放つ」


「呪言、とは?」


「心の声、のようなものだ。レオガルドの中にある霊力を使えばわたしにも届く。やってみろ」


 と言うのでやってみた。オレの声、届いてますか?


「ああ、聞こえた」


 あ、あっさりしたもんだな……。


「では、また会う日まで」


 さめサメ鮫シャークたちが去っていく。


「……なんか凄まじいことがあっさり起こったな……」


 一旦戻り、砂浜に寝っ転んでミドとの出会いを整理した。


「……守護聖獣か……」


 オレもギギを守っていたらそれになるんだろうか? いや、もうなってるか? よくわからん。


「レオガルド様。ギギ様が探していましたよ」


 漁師の男がやってきてそんなことを言った。


「なんだって?」


「レオノール村で岩の竜が出たと報告があったみたいです」


 岩の竜? 鎧竜のことか?


「わかった。ありがとな」


 いつまでもミドに心を向けてはいられない。オレにはギギを守る役目があるんだからな。


 コルモアの町に入ると、すぐにギギが駆けてきた。


「レオガルド様! 村が大変です!」


「そう慌てるな。鎧竜が現れただけだろう?」


 とは、髪を乱したゼルム族の男を見て尋ねた。


「はい。まだ村には被害は出てません」


 なら、慌てる必要はない。鎧竜なら脅威ではない。動きも鈍いから人間でも逃げ切れる。建物が壊されるくらいなら許容内だ。


「セオル。一度レオノールに戻る。ベイガー族の面倒を頼むぞ」


 コノリ貝のお陰でベイガー族は五十人近くまで呪いを解くことができ、荒れた畑を耕している。


 元に戻ったベイガー族は、人間の三倍以上の膂力を持っていて、凄いスピードで耕していってるそうだ。


「わかりました。お任せを」


 ギギを背に乗せ、セオルたちに見送られてレオノール村へと駆け出した。


 何度かの休憩を挟み、陽が暮れる前には到着でき、ゼルから説明を受けた。


「どうも番のようで、産卵かもしれない」


 産卵? 鎧竜って卵産むんだ。いや、哺乳類とは思ってはいなかったが、産卵するとかまで考えていなかったわ。


「オレがいるのによく産卵なんてする気になったものだ」


 オレ、食う側。鎧竜、食われる側。そのくらい頭ではなく本能でわかっていると思うんだがな?


 気配を殺し、鎧竜がいる場所へと向かってみる。


 鎧竜は昼間に活動するモンスターで、夜になると地面を掘って岩に擬態するのだ。


 ……確かに二匹、いるな……。


 どちらがメスで、どちらがオスなのかわからんが、温泉で狩った鎧竜より二回り小さくアフリカゾウくらい。種が違うのか?


 動こうとしないので、しばらく観察することにした。


 何日も鎧竜は動こうとしない。十日過ぎても動かず、もう狩るかと思ったとき、片方が震え出した。なんだ?


 ……もしかして、産卵か……?


 鎧竜の震えは丸一日続き、夜中に震えは止まった。


 やがて鎧竜は岩の擬態を解き、オスとメスはどこかに去っていった。


「産んだあとは放置なのか?」


 鎧竜がオレの察知範囲から消えてから、鎧竜がいたところを見にいった。


「岩、だな」


 そこには岩としか思えないものが積み重ねられていた。


 爪先で確かめるが、感触も動かしたときの音も岩だ。岩以外には見えなかった。


 ゼルや長老格を連れてきて、岩を見せた。


「鎧竜の卵ですな」


 長老格の一人が断言した。


「鎧竜は卵を産んだあとは放置なのか?」


「おそらく。子育てをしているところは見たことありませんので」


 まあ、生態を確かめてる余裕なんてないわな。


「よし。これを村に運べ。鎧竜を繁殖させるぞ」


 成功するかはわからんが、見た目とは違い、肉は人間やゼルム族が食っても旨いときている。なら、繁殖させるしかないじゃない、だ。


「エサが大変だな」


「大変でも見返りは大きいだろう」


 前回は魚のエサにして肉は試しに食っただけだった。ほんと、もったいないことしたぜ。


「ここでは飼えんからコルモアで繁殖させるか」


 ここら辺の草木を食い尽くされても困る。コルモアなら開墾させようと思ってたらちょうどいいだろうよ。


 秋の収穫をしてからまたコルモアへと向かった。まったく、忙しい年だぜ。

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