第83話

「エル?」


私を名前を呼ぶ声に我に返る。振り向くと心配そうな表情でこちらを見つめるジェドの姿があった。


「どうかしたのか?気分が悪いなら宿屋に戻るか?」

「い、いえ。昔の事を思い出していただけです」


ぼんやりと歩いていたせいか不要な心配をかけてしまった。申し訳ない気持ちになっていると「昔?」と首を傾げられる。


「帝国にいる友人と出会った時の事です」

「さっき二度と会う事がないと言っていた相手か?」

「その通りです」

「どうして二度と会えないんだ?」

「友人には複雑な事情があるのです」


ジェラルドと出会ってから彼について色々と調べた。

フォール帝国の貴族は平民を見下している節がある。それ自体はどこの国にもある事だけど帝国の場合はその傾向が顕著となっているのだ。

そしてジェラルドは皇帝と平民の女性の間に生まれた子供。皇族の証である赤髪を持っている以上は皇族として迎え入れられるのが道理だ。彼も皇帝に引き取られた。しかし敬われるどころが下賤な血を引く者として忌み嫌われている。結果、彼は冷遇されて城から出る事も表舞台に上がる事すら許されなくなった。帝位継承権すら与えられていない始末。彼は名ばかりの皇族にさせられたのだ。

全くもって酷い話だ。

平民の血を下賤な血として扱う事も、皇族を見下している思考も理解出来ない。

どれだけ嘆いても今の何の力も持たない私に出来る事は彼を友人として思い続ける事くらいだ。


「どうした?怖い顔になっているぞ……」


心配そうに見つめてくるジェドに苦笑いを浮かべる。


「いえ、何でもありません」

「そうか。なら良いが……」

「その、詳しくは話せないのですが帝国に居る友人は辛い目に遭っていて……何も出来ない自分が情けないと思ってしまって」


つい本音を溢す。ジェドは驚いた表情を見せた後にくすりと笑って頭を撫でてくる。普段なら振り払うそれが今は妙に心地良くて目を瞑って受け入れてしまう。


「そう思ってもらえているだけでエルの友人は嬉しいと思っている」

「そうでしょうか……」

「俺だったら嬉しいと思う」


何故かその言葉は信じる事が出来た。瞼を押し上げるとにこりと笑う姿が視界に映り込む。その瞬間ぴたりと全身が固まった。

あれ……?


「ん?どうした?」

「い、いえ……」


違うと分かっているのに一瞬彼とジェラルドが重なって見えた。

同じ名前だから?

愛称がなかったジェラルドに付けた愛称はジェドだった。それに同じ帝国出身だし重なって見えてしまったのだろう。


「一瞬ジェドが話していた友人に見えてしまって……。失礼な話ですよね、すみません」


頭を下げて謝ると小さな唸り声が降ってくる。

どうしたのだろうかと顔を上げると苦笑いを見せるジェドと目が合った。


「ジェド?」

「……いや、何でもない。ご飯に行こう」


何だったのかしら。

振り返って歩き出すジェドに首を傾げた。

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