第72話

「気掛かりな事でもあるのですか?」


ジェドと出掛ける約束を取り付けた後、ジゼルと一緒に宿屋を出ると尋ねられた。

流石は私の事をよく分かっているだけはある。しかしジェドがフォール帝国の皇族と手紙のやり取りをしているかもしれないなど言っても困らせるだろう。

終いには確認しようとするかもしれないし、彼にこれ以上の迷惑はかけられない。


「何でもないわ」

「そうですか?何かあったら言ってくださいね」

「分かっているわ。それよりもジゼルこそ気掛かりな事があるみたいだけど」


一瞬瞠った瞳を緩やかなものにして「流石ですね」と返事をしてくる。

ジゼルの様子がおかしくなったのはジスラン達と対峙した後だった。最初は彼らに負かされそうになった事、私に助けられた事を気にしていると思っていたけど違うようだ。

彼女は顎に手を当てて考える仕草を見せると鋭い眼差しでこちらを見つめた。


「私が気掛かりなのはエーヴさんの事です」

「どういう事?」

「実は…」


夜中に起きた私達とジスラン達の対峙が大騒ぎにならないように手配してくれたのはエーヴさんらしい。

あれだけ派手な魔法を使ったというのに騒ぎになっていないどころが噂すら出回っていないのは彼女の仕業というわけだ。一体何をしたというのだろうか。


「他に何か言われなかった?」

「エーヴさんの目が赤くなっていた事くらいしか…。何者か調査しようとしたのですが…」


浮かない表情で言い淀むジゼル。手掛かりを得る事が出来なかったのだろう。眉を下げて「お役に立てず申し訳ありません」と謝ってくる。

別に謝らなくて良いのに真面目な元侍女は自分を不甲斐ない人間だと責めてしまう。


「ジゼルが謝る事じゃないでしょ」


それにしても情報収集能力に長けているジゼルが手掛かりすら得られないというのは些かおかしい。

エーヴさんにはお世話になっている。あまり踏み込まない方が良いのは分かるけど気になったまま放置も出来ない。

私も調べてみようかしら。


「ここを出る前には何者か突き止めてみせます」

「無理はしなくても良いから」

「何も情報を得られないのは悔しいので」


唇を尖らせるジゼル。どうやらエーヴさんの正体を突き止めたいのは子供っぽい理由のようだ。

昔から私以外には負けず嫌いなところがあったけど全然直っていないのね。


「そういえば…」

「まだ何かあるの?」

「今度ヌートル城で舞踏会が催されるそうですよ」


要塞で囲まれたヌートル城はアーバンの北に位置する場所に建てられている。公王であるブランシュ公爵が住まう屋敷と同等の広さを持っており、主に政を行う場であり多くの夜会を催される場として扱われている城だ。


「ふーん…」

「どうでも良さそうですね」

「私達には関係ない場所でしょ」

「そうですけどマガリー様の事を知る良い機会かもしれませんよ」


しばらく公の場に出ていない公妃マガリー様の事は気になっているがあまりここに長居をするわけにはいかない。

何よりアーバンに集まってきた貴族に正体がバレる可能性が高いのだ。


「舞踏会前にはここを出るからね」

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