第71話
熱を出してから三日目、ようやくジゼルからベッドから出る許可を貰った。
湯浴みを済ませて部屋に戻ると当たり前のように待機しているジゼルに世話を焼かれる。もう何も言っても聞かないので注意する事は諦めた。
「エルさん、お話したい事があります」
「何?」
「公爵達ですが既にアーバンを出立していた事を門番に確認してきました」
「そう…」
私が本気で戻る気がないと伝わったのか。いや、ジスランの様子からして諦める気はなさそうだ。おそらく急いでアンサンセ王国に戻らないといけない理由があるのだろう。
好き勝手に国を出て良い立場じゃないのだから当たり前ね。
「ジゼル、ジェドにお礼を言ってくるわ」
「私も行きます」
「良いけど噛み付いちゃ駄目だからね」
注意をするとジゼルは苦笑いで「エルさんを助ける協力をしてくださった相手に噛み付くわけがありませんよ」と返してくる。
どうやら彼が悪い人じゃない事は伝わったらしい。
部屋を出て、隣の部屋に向かうと扉を叩いた。
「誰だ?」
「エルです。今大丈夫ですか?」
「少し待ってくれ」
「分かりました」
後ろから「エルさんをお待たせするとは良い度胸ですね」と声が聞こえた気がする。
噛み付かないと言ったばかりなのに。牽制するように睨むと素知らぬ顔で目を逸らされる。
「待たせてすまない。中に入ってくれ」
二人きりは避けるべきだけど今はジゼルも居る。
中に入ると机の上に手紙らしき物が置いてあった。
あの手紙は…。
よく見ようとするとジェドの手に隠されてしまう。人様に手紙を見られるのは良い気分がしないので当たり前だ。
「すまない。今片付けるからそこの椅子に座っていてくれ」
「分かりました」
言われるがまま椅子に腰掛けて片付けが終わるのを待つ。
その間に考えるのはジェドの持っていた手紙についてだ。封に用いられていたのは真っ赤な封蝋。そして刻まれていた紋章は炎を纏う獅子だった。その封蝋を持つのはフォール帝国の皇族だ。
どうしてジェドが帝国の、それも皇族から手紙を貰っているの?
考えても分からない。そもそも見間違いという可能性もある。似たような封蝋を使って皇族、貴族の名を騙る輩はそれなりにいるのだ。一瞬しか見る事が出来なかったし、確認しようもない。
そもそも皇族の関係者だったら呑気に旅は出来ないだろう。
「待たせた。それで何の用事だ?」
「色々と助けて貰ったお礼を言いに来ました」
ジェドには色々と不遜な態度で接しているというのに困っている時はいつも助けてもらっている。
「気にするな。困っていたら助ける、普通の事をしただけだ」
「何かお礼をさせてください」
私に出来る事は限られているが何かさせて欲しい。
ジェドは顎に手を添えて考え込む仕草を見せると「一つだけお願いしたい事がある」と言われる。
「エルと二人で出掛けたい…」
照れ臭そうに言われるが正直なところ「それだけですか?」と返したくなる。
私と出掛けても楽しくないと思うけどジェドがお礼として望むなら叶えてあげよう。
隣に座るジゼルが笑顔で怒りを燃やしているのが気になるけど町の中を歩いて回るだけだ。そこまで怒るような事じゃない。
「良いですよ」
「本当か?」
「えぇ、明日でも大丈夫ですか?」
「問題ない、楽しみにしている」
嬉しそうに笑うジェド。ただ出掛けるだけだとお礼にならないし、ご飯でも奢らせて貰おう。
「楽しみにしてる」
元気良く言われて「私も楽しみにしています」と返事をする。隣では呆れた目で私を見つめるジゼルが座っていた。
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