幕間32 ジゼル視点 

宿屋の部屋に帰った途端、気が抜けたのか倒れ込むエル様を支えてベッドまで連れて行く。

身体を清めた後、着替えをさせてから額に冷やしたタオルを乗せる。

お世話をしても文句を言われないというのは酷く落ち着く。やっぱり侍女に戻りたいと思ってしまう。

言っても無駄だと分かっているので口を噤む。


「無理をされるからですよ…」

「悪かったわ」


体調が悪いというのに魔力消耗の激しい魔法を使ったのだ。身体への負担が大きかったはず。

エル様の体調を考えるにしばらくはアーバンを出る事は叶わないだろう。

公爵は明日ここを出ると言っていたし、ジスランを始めとする護衛達も一緒に帰るだろう。残るは捜索隊だけど彼ら程度だったらいつでも片付けられる。


「そういえば…」

「どうかしたの?」

「申し訳ありません。宿屋で盗み聞きをした相手を確かめる事を忘れていました」


捜索隊に尋ねようと思っていたのに怒りのあまり忘れていた。苦笑いを浮かべるエル様は「気にしなくて良いわよ、心当たりはあるから」と答える。

既に心当たりがあるとは流石はエル様だ。


「誰ですか?私が確認をします」

「良いわ。元気になったら自分で確認するから」


心当たりがある人物が私よりも強いのだろうか。それなら教えてくれなくても仕方のない事だ。

私に傷付いて欲しくない優しさだと分かっている。ただもっと私を頼って欲しいと思ってしまう。


「悲しい顔をしないの。ジゼルが頼りないと思って言ったわけじゃないから」

「考えている事を読まないでください」

「ジゼルが分かりやすいのよ」


力なく笑うエル様。これ以上は考えている事を読まれたくないと顔を背けると「本当に分かりやすい」と言われてしまう。

手を引かれてベッドに腰掛けると髪を撫でられる。


「心当たりがあるってだけで確信がないの。自分で確かめさせて」

「相手は私よりも強いのですか?」

「何とも言えないわ」

「そうですか…」


誤魔化すという事は私よりも戦闘に長けている人なのだろう。

エル様は私を分かりやすいと言うがお互い様だ。


「そろそろお眠りください」

「うん…」


安心したように目を瞑るエル様に小さく「お休みなさいませ」と呟いて部屋の明かりを消す。

公爵が明日アーバンを出る事を伝え忘れていた。

起きたら真っ先に教えてあげようと思う。

私も仮眠を取ろうと部屋を出ようとした瞬間、扉の前から人の気配を感じる。


「誰ですか?」

「その声はジゼルかい?エーヴだよ」


どうしてこんな時間に来たのだろうか。

いや、それよりも今のエル様は変装魔法をかけていない。部屋の扉を開けると中を覗かせないようにエーヴさんの前に立つ。


「エルは?」

「ご心配ありがとうございます。今さっき眠りました」

「そうかい。薬を用意したんだけどね、起きたら飲ませてあげてくれ」

「薬まで…ありがとうございます」


市販の風邪薬を差し出すエーヴさんにお礼を言う。

ああ、そうだ。さっき言い忘れていた事を思い出す。


「先程はありがとうございます」

「さっき?」

「エルさんを探しに来た男性を追い返すのを手伝って下さった事です」

「ああ、気にしなくて良いよ。宿泊客を守るのも私の仕事だからねぇ」


普通の宿屋なら宿泊客を責めて追い出すところなのに。エーヴさんは庇ってくれた。

どうしてこんなに親切にしてくれるのだろうか。


「お礼をしたいなら長くこの宿を利用しておくれ」

「分かりました」


それがお礼になるのか分からないがエル様の体調が戻るまではこの宿を利用させてもらうつもりだ。


「じゃあ、私は寝るから何かあったら呼びにおいで」

「ありがとうございます」


自分の部屋に戻ろうとするエーヴさんはぴたりと足を止めて「ああ、そうだ…」と呟いた。何かあったのだろうかと首を傾げる。


「屋根での戦いは騒ぎにならないように手配しておいたよ」


エーヴさんは黒かった瞳を赤く染め妖艶に笑ってみせた。

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