幕間20 ジェド視点
「俺はフォール帝国の第一皇子ジェラルド。エルの友人だ」
本当の名を聞いたジゼルは瞳を大きくさせた。しかし喉元にはナイフが突き付けられたままだ。
簡単には信じてもらえないか。
「フォール帝国の第一皇子は病弱な方であると聞いてます」
帝国では『不要な皇子』として扱われているが他国には病弱な皇子と知れ渡っている。アンサンセ王国で暮らしていたジゼルの意見は尤もだ。
「第一皇子は酷い醜聞を持っている。それ故に表舞台に立てないのだ」
「だから病弱な人間として扱われていると?私がそれを信じると思いますか?」
「皇子だという証拠は赤髪しかない。頼むから信じてくれ」
大陸内でも赤髪は珍しいものだと聞いている。これがあれば信じて貰えると思っていた自分が馬鹿だった。
嘘偽りのない事だと真っ直ぐ見つめる。ジゼルは深く息を吐いてナイフを外してくれた。
俺の上から退くと手を差し出してくれるので掴まって立ち上がる。
「信じてくれるのか?」
「嘘をついているようには見えませんので」
完全に信じてくれているわけじゃなさそうだ。疑いは残っているらしく向けられる視線は決して心地が良いものじゃない。
「エル様と出会ったのは四年前と言いましたね。どこで出会ったのですか?」
「帝国の舞踏会だ。庭で出会った」
ジゼルは少し考える素振りを見せた後「なるほど」と短く呟いた。
「その際にハンカチを頂きませんでしたか?」
「あ、ああ、友人の証として貰った」
「お持ちでしたら見せてください」
何故その事をジゼルが知っているのだろうかと思うがおそらくエルから聞いたのだろう。
ポケットに忍ばせていたエルの刺繍が入った真っ白なハンカチを渡すとジゼルはじっくりと眺め始める。厳しい眼差しは和らぎ、そして頰を綻ばせた。
「確かにエル様が刺繍したものです。懐かしい物ですね」
「見て分かるのか?」
「私はエル様の専属侍女です。見れば分かりますよ」
オリヴィエ公爵家の使用人である事は分かっていたがまさかエルの専属侍女であるとは思わなかった。
驚いていると「ありがとうございます」とハンカチを返される。
そのまま跪いたジゼルは深く頭を下げた。
「ご無礼をお許しください。貴方様は我が主人ガブリエル様のご友人である事に違いありません」
「や、やめくれ。遜られるのは慣れていないんだ」
「しかし…」
「信じて貰えたならそれで良い。普通にしてくれ」
顔を上げたジゼルは申し訳なさそうな表情を浮かべながらも立ち上がってくれた。
「ジゼルは俺の事をエルから聞いていたのか?」
「ええ、エル様は帝国の舞踏会後に大切な友人が出来たと仰っていました。その際にハンカチを渡した事も聞いていましたがまさかお相手が殿下であるとは」
おそらくエルは俺の名前を出せなかったのだ。
舞踏会に参加していない皇子と二人で話して友人になったと外部に漏れたら酷い醜聞となる。信用している侍女が相手であろうと話せなかったのだろう。
ただ大切な友人として思ってくれていたのは嬉しい。
「しかし、どうして殿下がこちらに?」
「俺は国で『不要な皇子』と呼ばれている。居ても居なくても変わらない存在だ」
「よく分からないのですが…」
「俺は皇帝と平民の間に生まれた子供なんだ」
エルの専属侍女なら帝国における身分の差が絶対的なものであると知っているだろう。
嘘を付くのは心苦しいが本当の話は出来ない。
俺の返答にジゼルは納得したような表情を浮かべた。
「帝国はそういう醜聞に厳しい国ですからね」
「不要な人間であるおかげで今は自由に旅が出来ているのだけどな」
「その道中でエル様と再会したのですね」
「ああ、そうだ」
再会した時は驚いたし、どうして彼女が国を出ているのか分からなかった。
ジゼルなら色々と教えてくれるだろう。
「頼む。エルについて色々と教えてくれないか?」
「それは私の口からお話し出来ません」
教えてもらえると思っていたがジゼルは首を横に振って拒否を示した。
エルの友人であると信じて貰えているが信用出来る相手か分からないからだろう。
「ですが、先程の問いかけには答えましょう」
「エルに声をかけていた男についてか?」
「その男性はエル様の父親。オリヴィエ公爵です」
まさかの事実に目を瞠った。
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