幕間21 ジェド視点
エルに声をかけていた相手が彼女の父親だったと聞いて衝撃を受ける。
相手が父親ならどうしてあんなに怯えていたんだ?
アンサンセ王国から追い出した相手だからか?
それにしてもあの怯え方はおかしかった。
「エルは父親と対峙した時、酷く怯えていた」
「恐怖を抱かせるような事をしたからですよ。あの愚か者はエル様の心に消えない傷を残したんです」
聞いたところで教えてはくれないのだろう。
公爵がどんな事をしたのか想像は出来ない。しかしエルが苦しむような真似をしたのは間違いなさそうだ。
助けた時、一回くらい殴り飛ばしてやれば良かったな。
ふと思い浮かんだのはエルの専属侍女であるジゼルがどうしてアーバンに居るのかだった。
「一つ聞いても良いか?」
「答えられそうな事なら答えましょう」
「ジゼルはどうしてここに居るんだ?」
主人であるエルを追って来たというなら分かるがジゼルは彼女が来るより前からアーバンに滞在していた。
ジゼルの身にも何かあったのだろう。
「エル様が国を追われる前、私もオリヴィエ公爵家から追い出されたのです」
「やったのは公爵か…」
「ええ」
エルがジゼルを大切に思っている事も、ジゼルがエルを慕っているのも目に見えて分かる事だ。
仲の良かった二人を引き裂き、人生を滅茶苦茶にした公爵に怒りが湧いてくる。
「あの愚か者はエル様を連れ戻す為にここまで来たのでしょう。捕まる前にエル様を逃がさないと」
「アーバンから出て行くのか?」
「ええ。出来るだけ遠くに逃げます」
「俺も連れて行ってくれ」
ジゼルが大切な主人を守りたいと思っているように俺も好きな人を守りたいのだ。
俺に出来る事は限られているがそれでもエルを守る盾くらいにはなってやれるだろう。
「そんなにエル様が好きなのですか?」
「エルは要らない人間として扱われて来た俺を初めて必要としてくれた。生きる意味が分からなかった俺を救ってくれた人だ」
「だから好きになったのですか?」
「そうだ。お前は単純だと馬鹿にするかもしれないが四年前に出会った時からずっとエルは俺にとって特別な人なんだ」
たった一回の邂逅で、友人になってくれたという理由で俺は恋に落ちた。
側から見れば馬鹿な理由だと思うが俺にとってはそれくらい衝撃的な事だったんだ。
「馬鹿にしませんよ」
優しい声色が響いた。
俯いていた顔を上げると困ったように笑うジゼルと目が合う。
「私もあの方に救われたんです。だから殿下の気持ちはよく分かりますよ」
穏やか笑みはどこか主人によく似ていた。
「だったら…」
「気持ちは分かります。ですが私はエル様の望まない事はしません」
エルは俺がついて行く事を望まない。
それが分かっているからこそジゼルは遠回しに彼女を諦めろと言っているのだ。
はっきり言わないのは彼女なりの優しさだろう。
「もしもエルが俺の同行を許してくれたらどうする…?」
「あの方が許すと言うなら私も許しますよ」
苦笑しながら告げるジゼルはそれはないだろうと思っている表情だ。
可能性は低い。分かっているが望みくらいは持っても良いだろう。
「殿下」
「ジェドで良い」
「ジェド様、私からも一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「どうしてエル様に正体を明かさないのですか?」
明かそうと思った事はあった。
今だって自分を思い出して欲しいという気持ちもある。ただ俺がフォール帝国の皇子だと知ったらエルは今以上に俺を避けるだろう。
その気持ちを吐露するとジゼルは「なるほど」と苦笑した。
「ジェド様が伝えないと言うなら私からもエル様にはお伝えしません」
「良いのか?」
俺の素性を知ればエルは確実に拒否を示す。ジゼルにとってそれは良い事なのだろう。
「酷い態度を取ってしまったお詫びですよ」
申し訳なさそうに眉を下げるジゼルに「そうか」と短く呟いた。
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