第四章 親と子編

第65話

アグレアブル公国の公都アーバンに到着してから二週間近くが経過した。

路地裏の虫事件は落ち着きを見せ、代わりに騒ぎになっているのは魔法道具が設置された件だ。

警備隊のやる気が復活した事もあって路地裏には平和が訪れている。ただ結局どうして国が動いたのかは謎に包まれたままだ。ジゼルが調査してくれているが国の上層部の問題である。簡単に分かるわけがない。

私とジゼルの会話を盗み聞きした謎の人物はあの後一回も姿を見せていない為、何者だったのか分からず仕舞いだ。


「嫌な天気ね」


今にも雨が降りそうな曇り空模様。

こういう日に限って嫌な事が起きると決まっている。

あの断罪が行われた日も雨だった。


「何も起こらないと良いのだけど…」


そう思いながら出掛ける。

普段一緒に居るジゼルは国の調査に出掛けており、ジェドは一緒に行く必要がないので宿屋に残して来た為、今日は私一人だ。


「教会に来るのは久しぶりね」


路地裏を警備している時に見つけた教会。ひっそりと佇むそこに入ると誰もいなかった。それが天気のせいなのか立地が悪いせいなのかは分からなかったけど、一人になれるのは有難い。

厳かな雰囲気に包まれながら静寂が流れていく。


「懐かしいわ」


アンサンセ王国で暮らしていた頃はよく父と弟と一緒に教会を訪れていたのだ。といっても私達は敬虔な信者だったわけじゃない。

亡き母の姿を最後に見た場所だったから、教会に訪れると母に会えるような気がしていたのだ。


「お母様…」


ぼんやりと母の顔を思い出す。

今の自分によく似た顔をしているのに、自分とは違って常に優しい雰囲気を身に纏っている人だった。

誰よりも家族を大切に思ってくれていた母が私は大好きだったのだ。

屋敷を飛び出す時に姿絵の一つでも持ち出せば良かったと今さら後悔をする。


「お母様、もし貴女が生きていたら私はここにいなかったのでしょうか?」


生きていた頃の母は誰よりも優秀な魔法の使い手であったとよく聞かされた。少しだけであるが私も教わった事がある。

お母様が生きていたらあの悲劇は起こらなかったのでしょうか?

お母様だったらもっと早くに魅了の存在に気がついて止められていたのでしょうか?

聖母の像に尋ねてみても答えは返ってこない。

当然の事なのに無性に悲しくなった。


「もしも、なんて考えるだけ無駄よね」


考えたところで過去は変えられないのだから。

それから一時間程ぼんやりと聖母の像を眺めていた。


「そろそろ出ましょう」


立ち上がり教会を出ると曇り空はさらに悪くなっていた。

もうすぐ雨が降り出すだろう。

その前に宿屋に帰ってしまおうと歩き出す。


「エル…?」


教会の門を潜り抜けたすぐのところでジェドとは違うもっと低めの声が私の名を呼んだ。

嫌な予感がする。

振り返ってはいけない。

このまま立ち去ってしまった方がいい。

頭の中で警音が鳴り響いた。それなのにどうして振り向いてしまったのだろう。


「お父様…」


一ヶ月振りに見る父の顔は酷く痩せこけていた。

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