第53話
町の外から帰ってきたジェドは見知らぬ男性を連れていた。
「誰でしょうか?」
「犯人じゃない?」
町を騒がせている人間がそんなに簡単に捕まるわけがないと思うけど。
ジゼルを連れて彼に近付くと声をかける前にぴたりと身体が止まった。どうして虫かごを持っているのだ。
ジェドが連れて来た男性は二つの虫かごを持っていた。当たり前だけど中身は虫だ。
悲鳴を出さなかったのは身に付いた淑女スキルのおかげだろう。
「大量ですね」
「冷静に言わないで」
虫かごに入っている虫が一匹とか二匹ならすぐに声をかける事が出来たけど明らかに十以上はいる。
無理、絶対に近寄れない。
何かの拍子で中身が飛び出したら次は悲鳴を出す自信がある。こんな事に自信を持つなと言う感じだけど。
「ジゼル、代わりに行ってきて」
「私を侍女に戻してくださるのでしたら良いですよ」
「侍女に拘る必要ないでしょ。お願いだから行って!」
懇願するように言うと溜め息を吐かれた。
仕方ないと言いそうな表情を向けられる。
「我儘ですね。小さい頃のエルさんに戻ったみたいですよ」
「お願いだからあれを近付けないで」
「畏まりました。大きい虫ごと近寄らせないようにしますね」
ジェドからは話を聞きたいのだけど。
そう言おうと思った時にはジゼルは駆け出していた。
時々話を聞かなくなるところは幼い頃から変わらない。
喧嘩にならないかと遠くから眺めていると朗らかに笑うジゼルが居た。明らかに大人しい女性のふりをしているのが何とも言えない。
それにしてもジェドの連れてきた人は誰なのだろうか。見た感じでは一般人という感じだけど。
そう思っているとジゼルが帰ってくる。
「どうだった?」
「どうやら虫を大量に捕まえている人物が居たので捕まえたそうです」
「それだけ?」
「捕まえようとしたところ逃げ出したそうなので犯人の可能性が高いかと」
普通に昆虫採集をしているところを大男に追いかけ回されたから逃げたという考え方も出来るけど。ジェドの性格的に明るく話かけたのだろう。それなのに逃げ出すという事は疚しい事をしたという証拠だ。
「どうやら逃走の際に攻撃されたみたいですよ」
「ねぇ、まさかとは思うけどジェドに笑いかけていた理由はそれ?」
にこりと微笑まれる。
間違いない。ジェドが攻撃されたと聞いて笑ったのだ。
ジゼルってこんなに性格悪かったっけ。
「怪我をされていたので治してあげました」
「優しいのか意地悪なのか分からないわ」
「流石に怪我は放置出来ませんからね」
役に立ったご褒美です。
そう言葉を続けるジゼルは悪魔の笑みを携えていた。
やっぱり性格悪くなっているわ。
私の侍女であった頃は警戒心が強かったけど更に強まった気がする。
「とりあえず警備隊のところに連れて行きましょう…」
虫事件の犯人か分からない。ただジェドが攻撃されたという事は傷害事件の犯人だ。警備隊のところに連れて行って逮捕して貰った方が良いだろう。
ただ近付きたくないので離れたところからついて行く事にしようと思っているとジゼルは苦い表情をこちらに見せた。
「いえ、彼は一度解放してあげた方が良いかと」
「どういう事?」
いくらジゼルがジェドを警戒しているといっても怪我をさせた相手を解放するのは良くない。
睨むように言うと申し訳なさそうに眉を下げられた。
「すみません。不愉快な気持ちにさせるつもりはなかったのですが…」
「何か事情があるのね」
「一度泳がせてから犯行現場を押さえた方が良いかと。仲間が居れば一緒に捕まえられますから」
確かに良い考え方だと思う。
ただ一度誰かに警戒された状態で犯行に及ぶとは思わないし、今回の被害者であるジェドが納得するか分からない。
「ジェドが納得するか分からないわ」
「納得させますよ」
自信たっぷりに言うジゼル。
この様子だと物理的に納得させるような気がしてならない。その前にジェドならあっさり納得すると思うけど。
「あの男性が犯人だとしてもしばらくは犯行に及ばないでしょ」
「警戒していないって素振りを見せれば大丈夫ですよ」
「どこからその自信が来るのよ」
「あの手の愉快犯は必ずやるって決まってます!」
どうせ推理小説に出てくる犯人の行動を参考に推測しているのだろう。
現実は小説とは違うのに。
「泳がせる期間は一日だけ。その後は警備隊のところに連れて行くわ」
ジェドを傷付けておいて逃れられたら彼に申し訳が立たない。
私の条件にジゼルは自身あり気に「分かりました」と頷いた。早速ジェドに話をする為に走って行く。
完全に探偵気取りの元侍女に苦笑いが漏れた。
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