第52話

「不審者について情報は得られませんね」


路地裏のお店を回ってみるが怪しい人物については話を聞けなかった。


「子供の犯行って可能性もありますよね」

「犯行時刻は夜中でしょ。無理があるわよ」


ジゼルと再会した時に書かれていたのは『遊ぼうよ』という文字だった。

共働きの親を持つ子供という線も考えられたが夜中に出かけるとは思わない。それに子供だけで町の外に行けるわけがない。一、二回ならまだ分かるけど何回も外に出ていたら門番だって疑問に思うだろう。


「目星が付かないですね」

「さっさと捕まえたいのに」


アーバンを歩いていてうっかり虫の死骸を見せられたら堪らない。

これでは安心して探索が出来ないじゃないかと顔も知らない犯人に愚痴を吐く。


「相変わらず虫が苦手なのですね」

「どっかの誰かさんが虫を持って追いかけ回したせいでしょ」

「虫嫌いの原因は魔物のせいでしょう」

「悪化する原因を作ったのはジゼルでしょ!蛾の死骸を持って私を追いかけ回した事を忘れたとは言わせないわよ!」


幼い頃、芋虫のような魔物に追いかけ回されたのだ。

それがきっかけで虫が駄目になった。ジゼルも知っていたのに何の嫌がらせなのか蛾を持って追いかけ回して来たのだ。


「私は克服して貰いたかっただけですよ」

「そんな事は言ってなかったじゃない」


そもそもジゼルが蛾を持って私を追いかけ回したのは私のちょっとした悪戯が原因である。彼女の大切にとっておいたお菓子をわざと隠したのだ。腐る前に返したのに彼女からの仕返しは酷かった。

まさか私の苦手な物を片手に追いかけ回してくるとは。


「自業自得じゃないですか」

「お菓子を隠した私が悪かったけど蛾を持ちながらも満面の笑みで追いかけ回さなくても良いじゃない」

「食べ物の恨みって怖いですよね」


この様子だと根に持っているみたいね。

もしかして虫の事件に私を関わらせようとしたのは彼女からの嫌がらせだったりするのかしら。


「何を考えているのか分かりますが違いますからね。ただの偶然です」

「よく分かるわね」

「貴女の事は誰よりも分かっているつもりですよ」


ふっと笑われながら言われてしまう。

誰よりも側に居たのだ。

何を考えても、どんなに表情を繕っていても彼女には考えがバレてしまうのだろう。相手が相手なので悪い気はしない。


「エルさんは無防備なので悪い虫を遠ざける為にも早いところ事件を解決したいですね」

「人を虫扱いしないの」

「思わず本音が出てしまいました」


否定はしないのかと苦笑いを浮かべる。


「どうして警備隊は犯人捜索に力を入れないのかしら」

「警備隊の人間が犯人だからじゃないですか」

「まさか」


空気がぴたりと固まった。

ジゼルを見ると普段の余裕そうな笑みはどこに行ったのか引き攣った表情を浮かべている。

きっと今の私達は同じ事を考えてるのだろう。


「流石に警備隊に犯人が居るとは…」

「警備隊だからって善良な人間とは限りませんよ」

「根拠もなく疑うのは良くないと思うけど」

「犯人じゃないって証拠もありません」


ジゼルの意見も一理ある。

それにこのままいったら喧嘩になりそうだ。


「ジゼルの意見も分かるけど彼らの仕事の時間を考えると警備隊が犯人っていうのは考え辛いと思うわ」

「夜中の警備を担当している者は無理だと思いますが朝か昼の担当者ならば問題ないかと」

「そうだとしても内部に犯人が居たら誰か気が付くでしょ」


町を騒がせている事件なのだ。犯人を捕まえれば多少は褒賞を貰えるだろう。内部に犯人が居ると分かった時点で逮捕する可能性が高い。


「警備隊ぐるみの犯行という可能性も否めません」


まるで探偵のように言ってくるジゼル。想像力が逞し過ぎる気がする。

そういえばジゼルって推理小説好きだったわね。

私が冒険者になりたいと思っていた時、彼女は探偵になりたいと言っていた。その結果、情報収集に長けた存在になったのだけど


「流石にそれは考え過ぎだと…」

「甘いですね。可能性はあるのですよ!」

「それはそうだけど」

「それに虫の騒動が始まってから路地裏での犯罪は減っております。警備隊が仕事を楽する為に…」

「分かったから落ち着いて。とりあえずジェドが帰って来たらまた話し合いましょう」


ジゼルの言う通り虫の時間が始まってから路地裏で起きる犯罪が減ったのは事実だ。

それは先程の聞き込みで分かっている。

警備隊が仕事を楽にしたいかどうか知らないが可能性としては全くないわけじゃない。同時に路地裏の住民という可能性も浮上してきたけど。


「あれが犯人を捕まえてくれたら楽なのですけどね」

「上手くいけば捕まえてくれると思うけど」


やだやだという表情を浮かべるジゼルの手を引っ張ってジェドの迎えに向かった。


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