第45話

大盛りオムライスのお店を出てから三十分程歩いているが後ろから付いてくる人物が気になって仕方ない。


「ジェド、どこまでついて来るつもりなのですか?」


立ち止まって振り返るとジェドはびくりと体を震わせる。気不味そうに目を逸らすくらいならついて来なければ良いのに。


「目的があって来たのでしょう?どうして私の後をついて回るような事をするのですか」

「心配だからだ」

「町の中です。心配して頂くような事は起こらないと思いますけど…」


まあ、アグレアブル公国は問題が起こり易い国みたいなので油断は出来ませんけど。

ポルトゥ村と港町メールでの出来事を思い出すと「安全です」とは言い辛い。


「町の中でも危険な事はあるだろう」

「それはそうかもしれませんがジェドに心配して…」


私の言葉を遮ったのは「きゃああ!」という女性の悲鳴だった。

今の悲鳴は…。

ジェドと揃って声の方に振り返る。


「今のは…」

「分かりません。とりあえず行ってみましょう」


突き放すつもりだったのにいきなりの事でジェドまで誘ってしまった。

彼も驚いた表情を見せたがすぐに神妙な面持ちで頷く。

とりあえず、ジェドの事は一旦置いておこうと走り出した。

細い路地を通り抜けた先にへたり込む女性の姿が見えてくる。彼女は怯えたような表情で煉瓦の壁を見つめているが一体何があるというのだろう。


「大丈夫ですか?」


女性に駆け寄りながら尋ねるが私の声に驚いたのだろう彼女は体を震わせ、何故か地面に倒れ込んだ。

抱き上げて様子を確認すると女性は真っ青な顔をして失神している。


「エル、何かしたのか?」


後ろから女性を覗き込むジェドに尋ねられるが心当たりはない。

首を横に振って否定をすると彼は不思議そう表情をする。

どういう事なの?

疑問に思いながら振り返った先は女性が見て怯えていた壁。それを見た瞬間、心臓が止まるかと思った。


「なんだ、これは…」


私の視線を辿ったジェドは壁を見た瞬間に怪訝な表情を浮かべた。

『遊ぼうよ』

それは虫の死骸を大量に使って描かれた文字だった。


「遊ぼうよ?どういう事だ?」

「分かりません…」


描かれている文字も気になるがそれ以上に虫の死骸が気持ち悪くて仕方ない。

実は虫が大嫌いなのだ。それはもう克服しようがないくらいに体が受け付けない。

あまりの気持ち悪さに目を背けているとジェドから心配する声が届く。


「大丈夫か?顔色が悪いぞ」

「い、いえ…」

「もしかして虫が苦手なのか?」


普段察しが悪いくせにこういう時だけ鋭いとは。

睨み付けるように見上げると「駄目なんだな」と苦笑いで返されてしまう。

この弱みだけは人に晒した事がないのに…。

一生の不覚だと落ち込む。


「と、とりあえず、その女性を運ぼう」


申し訳なさそうに提案されて小さく頷いた。

ジェドは女性を背負い、私は彼女の荷物を持って歩き出す。まず初めに向かうのは警備隊の詰所だ。

悪戯にしてもあれはタチが悪過ぎる。犯人を捕まえてもらわないといけない。


詰所を訪れると出迎えてくれたのはコゼットの母親探しをする際に知り合った警備兵のボーモンさん。

彼に事情を説明すると驚いた顔をこちらに向けた。


「え?君達も見つけたの?」

「君達も?」

「ああ、最近頻発している悪戯なんだ。またやられちゃったのか…」


あれが頻発しているの?

先程見た大量の虫を思い出して背筋がぞわりとする。

ボーモンさんは「あの大量の虫はどこから連れて来ているのだろうね」なんて呑気な事を言う。


「何件も起こっているって事はそろそろ犯人の目星も付いているのですよね?」

「うーん、それが全くだね。悪質な悪戯にも困ったものだよ」


緊張感のないボーモンさんに肩を落とす。

同じ事を何件も繰り返しているという事は悪戯の域を越えているという事。

さっさと犯人を捕まえるべきなのに…。


「犯人もそのうち飽きるでしょ」


ぶちっと脳の血管が切れる音がした。

犯人を捕まえる気がない警備隊に任せてはおけなさそうだ。


絶対に捕まえてあげますからね、覚悟してください。


まだ見ぬ犯人に向けて怒りを飛ばした。



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