第37話
まだ五歳である幼いコゼットの記憶を頼りに彼女が母親と離れてしまった場所の近くまでやって来る。その道中に聞いた話によれば母親がお手洗いに行っている間に歩き回って逸れてしまったらしい。
「この辺りでお母さんと逸れちゃったんだな」
「うん…」
しょんぼりと項垂れるコゼット。
元お転婆娘としては暇があれば歩き回りたくなる気持ちも分かる。
私も昔はよく屋敷の近くにある森で迷子になったものだ。
「大丈夫だ、すぐに見つかる」
ぼんやりと過去を思い出していると隣ではジェドがコゼットを肩車してあげていた。
それが嬉しいのか楽しいのか彼女は笑顔を取り戻す。
「私、店主の方に話を聞いて来ますね」
「ああ、任せた」
コゼットが母親と逸れたお手洗いの近くに立っていたお店に入るとそこはパン屋だった。
四十代くらいのおばさまが笑顔で「いらっしゃいませ」と出迎えてくれる。
優しそうな風貌をする彼女に話を聞く事にした。
「いきなりすみません。今日、母と娘の親子で来店された人達の事を覚えていますか?」
「本当にいきなりだね。どうかしたのかい?」
「実はあそこにいる女の子が母親と逸れちゃったみたいで…。何か知りませんか?」
店の外でジェドと遊んでいるコゼットを指差す。彼女の姿を確認したパン屋のおばさまは何かに気が付いたように「ああ」と声を漏らし、手を叩いた。
「そういえば母親が探しに来たよ」
「本当ですか?」
「ああ、ついさっき来たんだ。娘さんが居ないって分かったらすぐに他を探しに行ったね」
「どこに行ったか分かりますか?」
「確か中央広場の方に向かって行ったと思うけど」
どうやら母親の方もコゼットを探しているみたいだ。
中央広場となると警備隊の詰所がある。
もしかしたらそこにいるのかもしれないが別のところを探しているのかもしれない。
どちらにせよ母親の特徴を知っておくに越した事はないだろう。
「すみません。その人の髪色とか服装って覚えていますか?」
「髪色は濃いめの茶色。白のワンピースに、水色の帽子を被っていたね。二十代くらいの若い女性だったよ」
「分かりました、ありがとうございます」
お礼を言ってからパン屋を出るとそこにはコゼットに髪を引っ張られて痛がるジェドの姿があった。
小さな女の子に遊ばれる大男の姿につい笑ってしまう。
「エル、今笑ったな?」
「すみません、面白い事になってるので」
「助けてくれ…」
「嫌です。それよりもコゼットのお母さんの事が分かりましたよ」
笑いながら言えば「それよりって…」と呆れたような視線を送ってくるジェドを無視して話を続けた。
パン屋のおばさまに教えてもらった事を伝える。
「なるほど。とりあえず中央広場の方に行ってみるか」
「ええ。コゼットもそれで良いかしら?」
「うん!」
再び三人で歩き始める。
もう一度警備隊の詰所に行ってみるが母親は訪ねていないらしい。現状報告だけして中央広場に出るとお祭りのように賑わっていた。
この中からコゼットの母親を探すのは苦労しそうだ。
「ここから探すのか」
「大変そうですよね」
二人揃って苦笑いをする。
特徴は分かっているし、多分大丈夫だろう。
「おなかすいた~」
軽食を取り扱っている露店が立ち並ぶところを通っているとコゼットが自分のお腹を押さえて呟いた。
「お腹が空いたの?」
「うん。まだお昼ごはん食べていないの」
悲しそうに言うコゼット。どうやら昼食を取る前に母と逸れてしまったようだ。
何か食べさせてあげた方が良いだろうと思っていると先に声を出したのはジェドだった。
「何か食べるか。コゼット、何が良い?」
「うーん……あっ!あれ!あれが食べたい!」
コゼットが指を差したのはクレープの露店だった。
確かに美味しそうだわ。
お昼がお肉だった為、私も甘い物が食べたくなって来た。
じっと露店を眺めているとジェドに笑われてしまう。
「エルも食べたいのか?」
「……えっと、ちょっとだけ良いなと思いました」
食べたいと思っている事がバレたのが恥ずかしくなって頰を赤くしながら伝える。
「照れる事ないだろ」
「て、照れていません」
「ははっ。俺も食べたいし、みんなでクレープを食べるか」
楽しそうに笑うジェドに連れられて露店の方に向かって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。