第29話
例の巨大貨物船に向かうと甲板から男性二人の話し声が聞こえてくる。
「今は出かけるのはやめておけって」
「うるせーな!いつ出かけようが俺の勝手だろ」
昨日酒場で話を聞かせてくれた方の男性と赤茶色をした短髪の男性が言い争いをしていた。
あの人は誰なのかしら。
「ジャコブ!お前、殺人鬼として疑われてるんだぞ!」
私が探していた人物の名前が聞こえてくる。
それに殺人鬼として疑われているという事は彼がこの船の船長ジャコブで間違いないはず。
「うるせーな!碌に証拠がないんだから捕まるわけがないだろ!」
こちらが考え込んでいる間にジャコブは言い争いをしていた男性を突き飛ばして船から降りてきた。
どうやら今からどこかに向かうらしい。
怪しい行動を取るジャコブを尾行をする為、見つかってしまわないよう隠蔽魔法を自身にかける。
横柄な態度で歩く彼の後ろをついて行く。
「……警備隊は彼を追いかけたりしないのね」
警備兵達は彼を警戒しているようだが追いかける事はしないようだ。
証拠がないから下手に疑えないのだろう。
ジャコブが向かった先は町の外だった。彼は周りを気にしながら森の中に入っていく。
警戒心が強いのか何回も周囲を確認して進む為、目的地らしき場所に到着したのは太陽が完全に沈みきった頃だった。
「ここは…」
ジャコブが入って行った場所は昔使われていたであろう廃墟になった倉庫だった。
開けっ放しになった扉の隙間から中を確認する。
月明かりだけが頼りの場所にいたのはジャコブとガレオさんだった。
「どういう事なの…」
距離がある為、ここからではまともに会話を聞き取る事は出来ないだろう。
仕方ないと物音を立てないように慎重に中を進む。
「よう!ガレオのじーさん、元気にしてるか?」
元気よく挨拶をしたのはジャコブだ。
彼の視線の先にいるガレオさんの手には小ぶりの斧が握られていた。
穏やかじゃない光景に動揺する。
「元気じゃない事はお前がよく分かっているだろう」
ガレオさんから発せられた声は怒気が満ちており、普段よりずっと低いものだった。
「ははっ、だよな!」
ケラケラと下品な笑い声を上げるジャコブ。
はっきり言って不愉快極まりない声に苛立ちが増す。
黙らせようかと考えたところで「黙れ」と言うガレオさんの声が響いた。
「貴様を殺してやる!」
そう言ったガレオさんはジャコブ目掛けて斧を振り下ろした。
彼が斧を持っていると気がついた時からこうなるのではないかと思っていたのに反応に遅れる。
ジャコブは間一髪というところで斧を避けたが情けなく床に転がった。
「ジャコブ、死ねぇ!」
振り下ろされる斧を吹き飛ばしたのは私だった。
「ガレオさん、やめてください」
急に姿を現した私に二人は目を大きく開いた。
「エル…」
先に声をかけてきたのはガレオさんだった。
「ガレオさん、自分が何をしようとしているのか分かっているのですか?」
「…っ、分かっている。けどな、こいつは生かしておけないんだ!」
「何故ですか?」
「こいつが殺人鬼だからだ!」
地面に這いつくばるジャコブを指差して悲痛な声を出すガレオさんは今にも泣き出しそうな顔をする。
彼から視線を外して、殺人鬼と呼ばれた人物を見下ろすと「ひっ…!」と情けない声が聞こえてきた。
「ち、違う!俺はやってない!本当だ!」
ジャコブは首を横に振って否定を繰り返す。
あまりにも必死に訴えかけてくる彼の姿は情けなさ過ぎて溜め息が出る。
「俺の店を滅茶苦茶にしたくせに嘘をつくな!」
「ほ、本当だ!俺はやっていない!信じてくれ!」
「じゃあ、どうしてガレオさんを煽るような事をしたのですか?」
ガレオさんが元気じゃない事を分かっていて元気かと尋ねたり、元気じゃないと返されたら下品な笑い声を出してみたり、と怪しい行動を彼は取ったのだ。
「そ、それは…その、そうしろと命令されたからで」
「命令?誰に?」
「お、俺の船の船員達だ!ガレオのじーさんをここに呼び出せって命令されたんだ!」
「どうして船長である貴方が船員に命令されるのですか?戯言も大概にしてください」
支離滅裂な事を言って逃げようとしているのだと彼を睨みつけると「本当だ」と泣き叫ばれる。
私とガレオさんはお互いに顔を見合わせて首を傾げた。
「れ、例の連続殺人事件の犯人は俺の船の船員なんだ!」
衝撃的な事実に私もガレオさんも固まった。
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