第26話
「あんた、すごいな…」
酔い潰れてしまった人が急性の中毒になっていないか状態を確認していると後ろから声をかけられる。
振り向いて「そうですか?」と返すと男性は苦い顔で大きく頷いた。
「あんなに飲んだくせになんでケロッとしてるんだよ。ありえねーだろ」
なんでって言われてもお酒に強いからとしか言いようがない。
「私、お酒で酔った事ないので」
「そんなのずるいだろ…」
狡いって勝負に乗ってきたのはそっちのくせに。
まあ、勝つ事が前提で対決を申し込んだのは私ですけどね。
悔しそうにしていた男性客は次第に焦ったような顔になっていく。
「……それで俺達に何を要求したいんだ?」
ああ、焦っていた理由はそれですか。
まだ何もしていないのだから怯えなくても良いのにと思ってしまう。
そもそも話を聞きたいだけだ。
「とある人物についてのお話を聞かせて欲しくて」
「は?」
ぽかんとする男性客。
たったそれだけ?と言ってきそうな表情を見せてくる。
「そ、それだけか?」
ほら言いました。
首を縦に振って「そうです」と返せば男性客は安心したように椅子にもたれ掛かった。
「聞きたいのは誰の話だ?」
「ジャコブって方について聞かせていただきますか?」
私が尋ねれば男性は呆れたように笑った。
お酒を呷った彼に「あんたもジャコブ狙いか」と言われるので首を傾げる。
ジャコブの事は狙っているけど変な意味じゃない。
容疑者として疑っているだけだ。
「あいつ顔はいいからモテるんだよな。性格最悪だけど。あんた、年齢は高そうだけど美人だし上手くいけば相手してもらえるかもな」
うんうん、と一人で納得する男性客。
勝手に話を進めるのはやめてほしいのですけど。
彼を睨み付けながら「別に狙ってません」と否定の言葉を投げかける。
「あ?そうなのか?照れなくていいぞ?」
「照れていません。ただ彼の話を聞きたいだけです」
「どうしてだ?」
「昔のちょっとした知り合いなんです。今の彼の話が聞きたくて」
嘘をつくのは良くない事ですが、嘘が必要な時もありますからね。
私の言葉に「ああ、なるほど」と納得してくれる彼は騙されやすい性格なのかもしれない。
「昔のやつの事は知らねーけど、今のやつは横暴だな」
「横暴?」
「あいつ貨物船の船長で、俺も同じ船で働いているんだけど機嫌が悪いとすぐに暴力振るってくるんだよ」
部下は大切にするべきでしょう。
「おまけに女好き。一回ヤったらすぐ捨てるんだぜ」
別にそれは聞きたくないのですけど。
けらけら笑いながら下世話な話をするのはお酒が入っているからでしょうか。
「だから陸にいる間は毎晩遊び回ってる」
「毎晩?女性と?」
「ああ」
大きく頷かれる。
本当に女性と遊んでいるだけというなら彼が犯人である事から外れてしまう。
「ああ、でも…」
男性客は何かを思い出したかのように声を出した。
「最近は女と遊ぶよりもっと面白い遊びを思い付いたって言っていたな」
「面白い?」
「ああ。まあ、それが何かは教えてもらってないけどな」
そう言って肩を竦めた。
面白い遊びね…。
こういう時の嫌な予感って大体当たってしまうのが嫌なのだ。
「面白い遊びはいつから始めたか知っているのですか?」
「二週間前くらいだな。まあ、そのせいで例の失踪事件を起こした犯人なんじゃないかって疑われてイラついているよ」
疑われるのが嫌だと言うのなら面白い遊びをやめれば良いのでは?と思いますが、おそらく周りからも言われているのでしょう。
「もう良いか?あんまりあいつの事を喋ると後で怒られるんだよ」
結構話してもらった気がするので手遅れな気がしますけど、バレなければ良い精神でいきましょう。
「最後に一つだけ良いですか?」
「なんだ?」
「彼は何時頃から遊びに行くのか教えていただけると嬉しいです」
「夕方五時には船から居なくなってるよ」
「分かりました。ありがとうございます」
夕方五時からね。
失踪事件が起こっているのはおそらく夜中。
ジャコブを見張っていれば何か分かるかもしれない。
考え事をしていると肩に腕を伸ばされる。
「…なぁ、今から俺と遊ばないか?」
「お断りします」
「即答かよ」
ちっと舌打ちを鳴らす男性客。
私はそんな軽い女じゃありませんし、恋愛はしばらく遠慮したいですからね。
初めて好きになった人からの仕打ちを思い出し気落ちする。
「それじゃあ私はこれで」
失礼しますとお金を置いて出て行った。
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