第3話 パパはやはり最高級無双

「父君、シーナ、行ってまいります」


 まだ朝もやもあり、視界不良だが、ここは一本道だ。

 南不二町には、信号は学習の為に小学校と中学校の前にのみ光っている。

 坂道の勢いもあってか、自転車は軽快だった。

 南野大附属中の信号が青に変わる。

 元気よく校門をくぐると、仲のいいはら美縁みえさんが微笑む。


「ひかるちゃん、一緒にC組に行こうね」


「美縁殿、当たり前じゃも。駐輪場に置いて来るので待ってくりょ」


 そして、ホームルーム、英語、数学、社会、理科、お楽しみの昼食のチャイムが鳴った。

 お弁当をさかさかと出す。


「美縁殿、ご一緒するのじゃ」


「いいわね」


 美縁殿はきらきらお嬢様お弁当で、私のは喫茶ママンの経営が苦しいのか海苔サケ弁当だった。

 海苔サケ以外の話題にしたくて、先生にご登場願った。


「昼食は食育の教科じゃ。あいだ虎一郎とらいちろう先生にも来てほしいのじゃ」


「間先生にもご都合がおありだと思うわ。やりとりノートのクラス三十五名分の返信も大変よね」


 私はどきっとして立ち上がった。


「美縁殿はお優しいから好きじゃ」


「し、しがみつかれると、お弁当が食べられないわ」


 それから、国語、ホームルームと一日を終えた。

 しかし、木曜日は美術部がある。


「美縁殿、一緒に行くのじゃ」


「お願いしますわ」


 二人で美術室へ行くと、高泉たかいずみ悠真ゆうま先輩が既に皆のリードをしていた。


「作業着を羽織ったら、水彩の支度をして定位置についてください」


 美縁殿は正直少しゆっくり派だ。

 だから、モチーフの見えにくい角度にしか席を取れない。

 彼女は歯列矯正をしていて、食後に歯磨きもする。

 お付き合いするが、それもゆっくり派だ。

 しかし、急かす訳には行かないだろう。

 私も歯がうずくので、今度は一緒に歯磨きしよう。


「ああん、ひかるちゃんの隣にやっとなれたよ」


「大丈夫じゃも」


 綺麗な花が生けてあった。


「はい、こちらを向いてください。本日は間先生がおみえにならないので、自分から話をするからよく聞いて」


「間先生は具合が悪いのじゃも?」


「はい、静かにいたしましょう。間先生は急用で外科に行っております」


 すると、美術部がざわめいた。


「本日は、しわになった布の上に花束と花瓶にレモンなどのフルーツを置いたモチーフをよく観察してください。水張りした画用紙を使って、基本的な着彩の練習をいたします」


 高泉殿の指示通りに、パネルに水張りをした。

 美術部員は二十一名いるので、それぞれの椅子周りが混雑する。


「水張りテープを貸してほしいわ、ひかるちゃん」


「どうぞなのじゃ」

 

 うっかり屋さんの美縁殿も可愛いと思う。


「何か分からない所があるのですか。原さん」


「ちょっと、水張りになれていなくて……」


「最初は誰でもそうじゃもん」


「ええ、そうですが。お静かに、がんばってください」


 基本とは大切なのだと思いながら、美術部の続きはまた明日になった。

 絵は奥深い。

 帰宅の支度に美縁殿が手間取っており、お手伝いをした。

 簡単な絵の具を並べてケースに入れるなどだ。

 高泉殿が私の肩に手を置いた。


「自分でできるようにした方がいいと思います」


 どきっとした。

 高泉殿の瞳に私が映っている。

 これって、佐祐無双されるに近いのでは――。

 高泉殿、高泉殿、無双はいけない。

 ハートが半分飛び出した所で飲んだ。


「はいなのじゃ」


 どき、どき、どき、どき。

 このどきどき殿にも困らされる。

 とても悪いことを感じている気がする。

 赤面してもいけない。

 私は後ずさりをしながら、美術室に礼をして去った。


 ――誰にも言ってはいけないのじゃ。


 その後、私は美縁殿と別れて坂の上へ上へと自転車で抵抗する。

 次第に雨が降り出したので、雨がっぱを羽織った。

 涙がつーっと頬を伝う。


「何でじゃろう。佐祐無双されるのは、父君だからであって、他の方ではいけないのじゃ。でこぺしされるのじゃ」


 泣き声を殺して、赤い屋根が見えると、ぐっと表情を変える。

 ん?

 何かがある。


「父君、シーナ、ただいまなのじゃ」


 カララン、カラランとベルが鳴る。

 わざと音を立てた。

 二重玄関でも、モビールを泳がせられる。

 平面のコーヒーカップやスプーンを吊るしてある、朱理殿が作ったガラス細工だ。

 シーナはおトイレ中だったらしく、少々遅れてお迎えに来てくれた。


「どうした、ひかる。様子がおかしくないかい」


「んん、前歯から三本目の乳歯が抜けたのじゃも」


 私は、濡れた髪を拭きながら、差し出した。

 佐祐殿、これはいつもの無双へのお返しだから、受け取って欲しい。


「ちゃんと髪を拭こうね」


 わしわしと拭かれてしまった。

 やはり、佐祐無双は高泉殿のとは一味も二味も違う。


「また成長しましたね。おめでとう、ひかる」


 ががががーん。

 すみませんが、でれでれです。

 最高級の佐祐無双され、娘でよかったと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る