花瓶

「死ぬ時は雨がいいな」

ぽつりと呟いたあなたの言葉を、私はどんな顔で聞けば良かったんだろう。

色のない病室の窓から差す陽の光は眩しく、空は抜けるように青い。

ベッド上で日光に晒されたあなたの肌が不気味な程に青白くて、私は思わず目を背けた。


「ね、君もそう思わない?」

逸らした視線をサイドテーブルの上に置かれた花瓶へと向けていた私は、あなたの優しく柔らかな眼差しにも怯えてしまうほど臆病だ。

小心者の私は、できる事ならあなたが死んでしまったあとの事など考えたくはなかった。

何を口にしたらいいのかと当たり障りの無い言葉を模索していると、あなたは笑って「ごめん」と言う。


「ううん、でも私は雨よりは晴れがいいかな。……今日みたいな。」

「なんで?」

「雨だといつもより気分も落ち込んで、その上あなたまで死んでしまったら、私はきっと立ち直るのに倍の時間がかかるわ」


口をついて出てきた言葉達が果たして適切だったのかは分からないが、それが自分の正直な気持ちだった。

あなたはただ黙ってふっと儚げに微笑むと、


「僕の死んだ身体を前に泣く君を想像したくなかったんだ。海月の死後みたいに、僕も水に溶けてしまえたら良かったんだけどね。」


と言うので、私は少し怒りながら

「馬鹿ね。」

と手を握る。


低体温で薄いあなたの身体が溶けたら、あの細い花瓶をひとつ満たすほどの水になるだろうか。


確かに、死ぬ日は雨がいいかもしれない。

私が涙に濡れつつあなたの溶けた身体を花瓶にかき集めたなら、花瓶に私の涙が入り込んでひとつになることが出来るかな。

そこに生けた花たちは生まれ変わったあなただとして、私は2度目の「はじめまして」を言うことになるのね。


「じゃあ、雨の後はお日様を連れてきてね。その方が植物は元気になるから」


私の言葉に首を傾げながら、分かったよとあなたは手を握り返す。

1度目の「さようなら」は、もう少しだけ待っていて。

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