第34話 ※番外編 王子様と『白黒』の真冬の日の贈り物と 元魔王様の真冬の日の贈り物①

 カタカタカタカタカタカタカタカタ……チン!

 カタカタカタカタカタカタカタカタ……チン!

 カタカタカタカタカタカタカタカタ……チン!

 カタカタカタカタカタカタカタカタ……チン!

 カタカタカタカタカタカタカタカタ……チン!

 カタカタカタカタ……。


 ……と部屋の中に、ずっとその音が響いているだけで王子様がタイプライターを叩き続ける音以外、王子様も部屋の隅で王子様を見守る老執事も何も語らずに、朝からずっとその状態だった。控えめなノックの音が2度鳴り、老侍女長自らお茶のワゴンを押して静かに入室し、お茶の用意を始めた。


「ふぅ、出来たよ」


 王子様が首をゴキュゴキュ音をさせて回し、肩をさすりながら言った。タイミング良くテーブルに暖かいミルクティーとカップケーキが置かれていくのを嬉しげに見ながら、王子様は書類を執事に手渡した。老侍女長は王子様が考案したお菓子のレシピの中で一番上手に再現出来るのがカップケーキだったので、照れくさそうに、でもどこか得意げに配膳していた。



「クロードが見つけてくれた、こののおかげで、仕事が20倍の速度でこなせるようにようになったよ。ありがとう、クロード」


 いつものように書類の不備がないか確認し、いつものように完璧な書類に感嘆するクロードと呼ばれた老執事は、王子様を執務机の椅子から抱き上げて降ろしながら微笑んだ。


「いえ、私に礼など不要です。アンソニー様が望まれた物を見つけられたのは宮廷医師のバーナードのおかげなのです。彼が東の国の文献で、絡繰り細工職人が文字を手書きではなく、鍵盤を弾くことで素早く文字を綴ることが出来る細工があると教えてくれたのですよ」


「もちろんバーナード医師にもお礼を言うけど、クロードだって忙しいのに東の国まで馬を飛ばしてくれたんだから、やっぱりありがとうって言いたいから、お礼の言葉を言わせてね、クロード」


 王子様はクロードの手を可愛い小さな手で握ると、彼をお茶の乗ったテーブルに連れて行く。王子様は一人で食事を取ることを大変嫌い、いつも誰かと一緒でないと食べることをしなかった。


「もう一人で食事をとるのは飽き飽きなの」


 なのでテーブルには3人分のお茶の用意がされていた。クロードによって、ソファに深く座ることが出来た王子様は、


「熱いですから、お気をつけて。お菓子が欲しいときは、おっしゃってください」


 と言う言葉付きで、侍女長からお茶の入ったティーカップを受け取った。


「ありがとう、シローナ」


 王子様は後数年したら永世中立国にある、王侯貴族が通う学院に入学しなければならない。王子様は、その時のために5歳の頃から計画していたあることを実行するためにコツコツ頑張ってきた。それをずっとクロードとシローナは見守ってきたのだ。熱いお茶をフゥフゥと息を吹きかけ冷ましながら、王子様の頭は、そのことでいっぱいのままだ。


「学院の一クラスが、だいたい20、22人位?……一応念のため30枚用意するとして、僕のシャツが5、6枚と部屋の枕、シーツ、パジャマくらいかな?うん、……その後、ダンスパートナーに贈るドレス用の布地は、何メートルくらい用意する必要があるだろう……?」


 2、3口お茶を口に含んだのを確認した後、クロードが王子様のティーカップを優しく取り上げ、シローナと呼ばれた老侍女長が一口大に切ったカップケーキを王子様に食べさせた。二人に世話を焼かれていることも気づかずに王子様は頭の中で、計画の進行状況を確認している。


「今月の執筆料で入学式用のデモンストレーションに使う絹の人材雇用分を賄えるから、後2、3本増やしたら……」


「アンソニー様、いけません。これ以上は、お体を壊されます。バーナードに泣かれてしまいますよ?もちろんそうなったら私もシローナも泣きますよ」


「う゛~!!皆に泣かれるの嫌だけど、どうしても後1本だけは増やさせて!お願い!ちゃんと寝るし、しんどくなったら休むから!」


「……仕方ありませんね、後1本だけですよ?」


 王子様が嬉しげにお茶を飲むのをクロードとシローナは、お互い黙ったまま視線を交わし、苦笑を堪えると、嬉々として王子様のお茶の世話を焼いた。


 王子様と二人が出会ったのは、真冬の日の夜だった。


 クロードとシローナ達の一族は、その瞳と髪の色が、この世界中の人に忌み嫌われる色をしていたため、どこへ行っても疎まれた。どこの国々でも追われ一族で、この国に逃げてきた。この国はとても貧しく、忌み嫌われる一族に自ら干渉して迫害する気力もないほど、民達が疲弊していた。暴力を振るわれることはなかったけれど、見た目で恐怖され、仕事にありつけることも出来なかったので、途方に暮れていたときだった。


 このままでは一族、皆が飢え死にしてしまう。犯罪に手を染めるのは、いけないことだが仕方ない。この見た目故、まともな職につくことが出来なかった一族は、生き残るためにと人目に付かず、悪事を働く技を代々磨かねばいけなかった結果、魔力のない身ながら、普通の人間よりも身体能力が独自に特化した常人とは異なる能力が備わってしまっていた。


 だからといって、罪悪感を持たないわけではなかったので、クロードとシローナは、せめて貧しい者から盗むのは避けよう。貧しい、この国で一番裕福そうな家に盗みに入ったのが、この国の王城だったのだ。


「忍者がいる」


 真夜中、天井に貼り付くように身を隠していたクロードとシローナは、小さい子どもが目をキラキラさせて自分を見上げているのに驚いた。裕福そうな家に盗みに入ったものの、めぼしい物を見つけられずに弱り果て、引き上げようとしているところだったのに、と焦る二人に子どもはキラキラお目々のまま、二人に頼み事をしてきた。


「忍者なら誰にも気づかれずに部屋に入れるんでしょう?これを皆の枕元に置いてきて欲しいの!」


 子どもの手には5枚の手書きのカード。『真冬の日、一緒に過ごせて嬉しかった、ありがとう!大好きです!これからもよろしくね!』という可愛い文章が綴られ、宛名は大好きなお父様と侍従と侍女と料理長と庭師だと子どもが言った。


 子どもの大好きなお父様の名前が、この国の王の名前だったので、まさかと思って、確認を取ると子どもがこの国の王子様だと知って、二人は顔面蒼白になった。よりによって王家に盗みに入ってしまったのだ。謝罪し、お互いの命だけは助けてほしいと懇願すると小さい王子様は、首を横に振って罪には問わないと言った。


 民が盗みをするのは民の罪ではなく、王家の罪だと子どもらしくない悲しさを瞳に宿し、力なく微笑みながら言われてしまい、その姿に何も言えなくなってしまった二人は、王子様の頼み事を引き受けた後、王子様に促されるまま、彼の部屋で身の上話をするはめになり、気づけば二人、王子様の元で働いていた。他の一族も足りない城の働き手として雇ってもらえ、一族は住む場所を得たのだ。小さい王子様は、一族の外見を忌み嫌うことがなかったし、そもそも、その色を忌み嫌う理由さえ理解が出来ないようだった。


「これだけ色んな色の髪の色が存在する世界で、その色だけがダメなんておかしいよ。髪なんてね、頭さえ守れたら良いんだし、瞳だって、見えたらそれで充分じゃないか!」


 と自分の事のように怒る姿に、一族全員が心から喜びに打ち震えた。そして次の年の真冬の日ー


「はい、これ、あげる。クリスマス……いや、真冬の日の贈り物!僕は君たちの色がとても好ましいけど、まだ周りが理解がなくて煩わしいだろうし、良かったら、これを使ってみて?」


 と言って王子様は、髪の色が王子様と同じ色になる髪の染料をくれた。二人の出会いの日から、何かこっそり隠れて、試行錯誤して作っていたのは知っていた二人だったが、まさか自分たちのために作っていたとは!一族以外で自分たちを気にかけ、心配する者は誰もいなかったというのに!今まで誰も思いつかなかった髪を染めるという発想に感嘆し、その染料を手にして、二人の胸はとても熱くなった。

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