魔王の彼と村人の私

三角ケイ

第1話 魔王の彼と村人の私①

 「初めて会ったばかりで嘘だと思われるでしょうが、貴方が好きです!一生に一度のお願いです。殺す前に握手してください!!」


 そう16年間生きてきた中で私の人生で最低最悪の今日という日に、こんな出会いが待っていたなんて、人生って不思議だと思う。


 たとえ一目惚れした相手が魔王様で、私が勇者仲間になぜか加えられている只の村人で、今まさに、戦いの火ぶたが切って落とされようとしている緊迫した状況で、私の人生が終わる最後の日に片想いの人に会えて告白が出来た。


 もう思い残すことはない。神様、ありがとうございます。私は仲間たちの前に出て、震える右手をそっと前に出した。今までの人生が走馬燈のように、頭の中を駆け抜けていく。


 王都より、うんと離れた所にある村に私は生まれた。つまり田舎生まれ田舎育ちの生粋の庶民、単なる村人だ。そんな私の最低な人生の始まりは3歳から始まった。4つ年上の村長の息子に目をつけられてしまったことが、運の尽きだった。


「俺の一番の子分にしてやるから、感謝しろよ!」


 村長の息子ウェイクス、通称ウェイの第一声はブクブクに太ったイボガエルを私の目の前に突きつけられて放たれた。


「いやぁああああああああああああああああああ!!」


 当然私は大絶叫、家の前で大人しく日向ぼっこしていた娘が何事かと母が慌てて外に出てみれば、泡を吹いて気絶している私と、その私の手にイボガエルを握らせようとしているウェイ。


「いやぁああああああああああああああああああ!!」


 母も大絶叫をあげながら、私をウェイから引き離してくれたらしい。それ以来私はイボガエルやトカゲやナメクジや芋虫やら毛虫やらetc.を持って追いかけてくるウェイから逃げる日々が始まった。


 ウェイは、とてもしつこい性分で私を一番の子分と決めた日から、嫌がる私を他の子分の子供たちと追いかけ回して捕まえると、したくもない木登りやザリガニ獲り、鬼ごっこやかくれんぼと引きずり回された。しかもだ、他の子供たちはチビで泣き虫で怖がり(泣き虫で怖がりなのは、ウェイの仕業のせい)の私が、村の権力者である村長の息子なだけでなく、村の子供で一番体格がよく、運動神経もよいし、見た目も整っている、いわば憧れの存在のウェイに一番の子分として構われるのが許されないらしく、私のことを嫌い、ウェイにわからないようにいじめてきた。ウェイなんて嫌だ、子分なんてなりたくないと言っても誰も本気だと、とらえてくれなかった。


「照れるなよ、大丈夫、泣き虫も怖がりも俺が直してやるよ。だってお前は俺の一番の子分なんだからな!みんなも協力してやってくれ」


 こうして村中の男の子にカエルを持って追いかけられたり、村中の女の子に鬼ごっこやかくれんぼで嫌がらせ(遠くで置き去りにされた)をされる日々が、ウェイが9歳になって王都の学校に行く日まで続いた。


 ウェイは将来村長になるために、学校に行かなければならなかった。ウェイが村を出ることが、心底嬉しかったことを覚えている。ウェイは一番の子分も連れて行きたいと両親に駄々をこねたらしいが、それは当然却下された。ウェイは他の子分たちにくれぐれも私の面倒をみるようにと、念押しして旅立った。他の子分たちも私も、大丈夫と笑顔で見送った。ウェイがいなくなってから、私たちは最少限度の挨拶くらいはかわすものの出来るだけ、お互い関わらないように生活を送った。私の日々に平穏が戻ったのだ。


 村では友達は出来なかったが、母の手伝いをしながら家事全般を倣い、大工の修行で昔、王都にいた父の休みの日には、文字や計算などの勉強を教えてもらい、暇なときは読書や刺繍を楽しみながら時は過ぎ、12歳の時、淡い初恋に出会って、私は恋する乙女になって……16歳まで私は穏やかで充実した日常を楽しんでいたのだけど。


 私の最悪な人生は、またウェイによって始まったのだった。


 私が16歳になって3ヶ月がたった頃、ちょうど私は母と一緒に夕食用の煮豆を煮ていた時だった。普段いつもどっしりしていて、絶対に慌てふためくような人じゃない村長が転げるようにして我が家にやってきた。手には、村ではお目にかかれない、真っ白な紙で出来た分厚い封書を携えて……。


「大変なことになったぞ、マリー」


 マリーと呼ばれた母は煮豆が焦げないように鍋を竈から下ろすと、村長から封書を受け取った。母も昔、王都で働いていたので文字が読める。封書の宛先は村長だったので開けていいのか、母は躊躇したが、村長は口で説明するより早いからと見るように促してきた。母は躊躇いながらも中身を広げた。


「まぁ、アン!大変よ!あなた勇者パーティーの一員に選ばれたのよ!」


「はぁ!?」


 勇者パーティーの一員?勇者?何で、こんな平和な時に?何の冗談?と思っていたのは私だけではないはずだ。村長だって、母だって、後から走って帰ってきた父だって目を丸くして、食い入るように便せんを見ることになったのだから。


 事の起こりは、20歳のウェイが、学校の仲間と王城見学に遊びに行ったのが、そもそもの原因だった。


 村に帰る前に遊ぶことにしたウェイは、手始めに観光することにしたらしい。ここ200年ほど、平和の続いているこの国では、一部王城を国民に解放し、見学ツアーをしていた。ウェイは、そこでも俺様風を吹かせ、学校で作った子分たちを引き連れて王城見学をしているときに、立ち入り禁止の柵を越え、勇者以外抜けることのないといわれる台座に刺さった勇者の剣を悪ふざけで抜いてしまったのだ。


 20歳にもなって、やっていいことと悪いことがわかっていないウェイに、便せんを手にしていた村長は真っ青だった。本来なら牢屋行き、下手したら懲役になるような事態なのだが、しかしウェイは勇者の剣を抜いてしまった。


 つまりウェイは、この平和な時に勇者に選ばれてしまったのだ。


 王城の中は大騒ぎになってしまった。とにかく余計なことをしてしまったウェイは、怒られることもなく謁見の間に呼ばれ、王族と会うことになった。最初、貴族の人たちも、王様たちも、勇者になったウェイの存在を持て余し、『貴方は勇者に選ばれました。良かったね』という証明書を発行し、記念品を渡し、勇者の剣を元の場所に戻して、ウェイにをしてから帰らせようとしたのだが、王様の末の娘のサリーミレジェット姫、通称サリー姫が、こともあろうにウェイに一目惚れしてしまったのだ。


 ウェイは村長の息子というよりも、どこぞの夢の王子様と言ったほうが信じられるほど、麗しい容姿に成長してしまったようで、どうしてもウェイと恋人になりたいと思ったサリー姫は、勇者の剣に選ばれたウェイを、貴族にしてはどうかと父親である王様に小声で、おねだりした。サリー姫におねだりされて、鼻の下がのびた王様に、おねだりの内容が聞こえていた周りの貴族たちが慌てて小声で止めに入った。


 どれだけ男前だろうと、彼は庶民なのだ。しかもマナーを守らない自分勝手な人間なのだ。そんな人間が王を支え、国民を守るための身分……貴族位を正しく使えるだろうか?どうか、お考え直しをと必死で告げた。正論を言う大人たちを煩わしげに睨んだサリー姫は、とんでもないことを勇者に向かって声高々に言った。


「勇者には、勇者の使命があります。それは隣国の魔王を倒すことです。無事倒すことが出来たときは、褒美を与えましょう。それにわたくしも勇者ウェイのパーティーの一員として、ともに魔王を倒す旅についていきましょう。私は、これでも少々回復魔法と光攻撃魔法が使えますからね」


 謁見の間の貴族も王様も、真っ青になって凍り付いてしまった。隣国の魔王とは、正真正銘の魔王である。隣国は広大な領地を持つ豊かな国で、しかもそこに住むモノは魔力が強く、他の国に比べて長寿の寿命を持つ人が多いので、人族というより魔人族と呼ばれているが、姿形は人族と変わらない。


 200年前までこの国は、隣国以外の色んな国から狙われて、戦が続いていたが、当時の王子が隣国の魔王と学友だったことで、友情の証として、半永久的に無条件で守護の魔法を国境にかけてくれたのだ。当時の王子が死んでしまっても、魔法は解けなかった。


 それからこの国は平和になったのに。ただの村人だって知っている真実なのに。この国において大恩人である隣国の魔王を倒す?誰かこのサリー姫愚か者を黙らせろ!と貴族たちが動き出す前にサリー姫が王様に言った。


「勇者が隣国の魔王を倒して、隣国を我が国にしてしまえば、お父様は世界一領地の広い、立派な王様になりますわ、素敵」


「そ、そか?素敵か?じゃ、いいかな」


(((馬鹿がここにもいたー!!!)))


 貴族たちは、この国は、もうお終いだと崩れ落ちた。そこへ止めを刺したのがウェイだった。


「魔王を倒す?褒美もらえるなら、いいですよ。ただし、旅には俺の一番の子分を一緒に連れて行くことが絶対条件ですがね」


 こうして勇者パーティーに一般人が加わることが強制的に決まってしまった……という文官の人の臨場感たっぷり愚痴たっぷりの状況説明が、涙がにじんだ便せんビッシリに書かれていて、最後に村人ことアンの王城召喚命令が書かれていた。

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