星森万葉奇譚集
水上祐真
Mortal sun
昔々の、そのまた昔。ケンタウルス座α星系のとある惑星に、ひとつがいの珪素生命体が仲睦まじく暮らしていたという。
二つの太陽が穏やかに浮かぶある朝、イーサン=オズは希少鉱物の採掘に、オンバーサは水浴びに勤しんでいた。
バーサがいつものように体内融合炉を液体窒素の大河で冷却していたところ、後頭部のパッシブソナーに上流から流れてくる正体不明の剛体が検出された。
彼女は振り向いてすぐにそれが縦四メートル、横ニメートルほどの黒いモノリスであると気づき、そっと拾い上げる。
全長二十五メートルをゆうに越える彼女はそれを握り潰さぬよう慎重に家まで運び、先に帰宅して研究室に籠っていたつがいに信号を送った。
どうやらイーサンはこのモノリスに見覚えがあったようで、それから二日間に渡り寝食も忘れて表面に刻まれている(らしい)碑文の解読を試みていた。
バーサからすればただのツルツルとした黒い板にも見えるそれを彼は懐かしむように、慈しむように指でなぞる。出逢いからどれだけの年月が流れたか今となっては分からないが、彼のそんな有機的な姿を見たのは初めてだった。
イーサンは決して過去を語らない。忘れているのか言いたくないのか、とにかくイーサンははじめから「イーサン」であり、それ以上でも以下でもなかった。無論、それ以外でも。
バーサもそのことを気にしたことはなかったし探る予定もなかったのだが、期せずして何かが明らかになるかもしれないという期待感が彼女の静謐な深層を沸き立たせていたこともまた事実である。
そして三日目の朝。ようやく視線を上げた彼の口から語られたのは、一つの恒星系が終焉を迎えるまでの物語だった。
かつて彼の母星系では未開惑星の開拓が盛んに行われており、燦然たる栄華の時を謳歌していたのだという。
星々は叡智で舗装され、命は理性に守られる。行けないところなどどこにもなく、できないことなどなかった。
しかし、その輝かしい歴史はある日突然終わりを告げることになる。
開拓の過程で降り立ったとある岩石惑星で、彼らは次元の境界に孔を空けてしまったのだ。
そこから現れた異界の生物達は瞬く間に銀河を蹂躙し、同胞は見る間に数を減らしていく。残された道は遙かな闇への還らぬ旅路、即ち恒星間航行しかなかった。
このモノリスは僅かな生き残りと共に乗りこんだ太陽帆船の中で見かけたのだと結ぶ彼の古い古い視覚器官は、久しく見かけなかった真水で濡れている。『物語を共有する』という形での共感行動をバーサは知らなかったが、彼女の知性はその意味を否応なく汲み取り、首元の鳴き袋を長く壮絶に揺らした。
やがて全ての碑文を読み終えたイーサンは暫しの間同胞達に思いを馳せ、短くなにごとか呟いた。
刹那、モノリスの中央から異形の腕が突き伸ばされる。
たった五本しかないしなやかな指が怒りに打ち震えるかのように空を握り締めると、僅かな間をおいて『棺』が左右に割れた。
中から現れたのは、身の丈二メートルほどの小さな生き物。
生まれながらにして頑強な重金属に鎧われたそれは、言わば全天を覆い尽くさんばかりの"怒り"であった。
驚いた様子もないイーサンが碑文に刻まれていた名を教えてやると、それは手近にあったバーサの予備融合炉だけを担いで飛び出して行った。
再び訪れた静寂の中、イーサンは語る。
──彼の者の名は"Doomsday"。
復讐と殲滅とを至上命題に創り出された、小さき神々の一柱。
彼が名もなき三柱の従者と共に最後の"敵"を屠るのはそれから◯◯◯◯◯◯◯◯◯年ほど後のこと。
遠い遠い昔の、極々短い物語である。
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