バレンタイン奇譚
鮎河蛍石
バレンタイン奇譚
「毎年、降って湧いたように出てくるんですよ」
会社員のMさんは大層困った様子で語り始めた。
事の起こりは6年前、彼が高校3年生の頃だった。
バレンタイン当日、デートを待ち合わせていたMさんの携帯が鳴った。
「彼女が交通事故に逢って病院に運び込まれた。急いで来てくれと」
Mさんが病院に着くのを待たずして、彼女は息をひきとる。
享年18歳、2015年2月14日14時22分のことだった。
死因は
「ずっと離さなかったんです」
彼女は車に轢かれ搬送され息をひきとるまで、肩掛けのバックを離さなかった。救急車での応急処置の際にバックの肩紐を切ったが、彼女は意識が無いにも関わらず持ち手を離さないので、そのまま処置を進めたと医師は言う。
彼女の手からバックが離れたのは、Mさんが病室に着いたタイミングであったと。「本来考えられないことなのですが」と医師は付け加えた。
そのバックはMさんが事故が起こる前年のクリスマスにアルバイト代を貯めてプレゼントした物で、デートの度に彼女は身に着けていたという。
バックからMさんに渡す筈だった赤い包装紙に包まれたバレンタインチョコが出てきた。
「俺、トリュフチョコが好きなんで毎年作ってもらってたんです」
Mさんと彼女は中学3年生の文化祭から付き合い始めた。
文化祭の準備中、二人きりでクラス展示のステンドグラス作成中に彼女から告白されたそうだ。
「病室で受け取ったチョコは食べられ無かったので、勉強机に仕舞ってました」
彼女が亡くなり四十九日が過ぎた4月3日。
机の引き出しから忽然とチョコが消えた。
どこを探しても見つからず、取り出した覚えもない。
そして、1年後のバレンタインデー。
居間のちゃぶ台に赤いモノが置かれている。
引き出しから消えたチョコだった。
「実家に暮らしていたので、家族に聞いたんですけど誰もちゃぶ台にチョコなんか置いてないって言うんです」
Mさんはチョコを勉強机の引き出しにしまった。そして彼女の命日から四十九日が過ぎるとチョコが霞みの如く消え去ってしまう。
そんなチョコが現れては消える現象が毎年、欠かさず起きている。最初は自宅のちゃぶ台、アルバイト先のロッカー、自宅の郵便受け、大学の長机。
Mさんが
彼が上着のポケットに手を入れると「あっ!」と声を上げた。
バレンタイン奇譚 鮎河蛍石 @aomisora
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