14 囮捜査は突然に。


 朝一番で薪や毛布、食料を積んだ荷馬車が、救貧院とふたつの孤児院を順番に回って支援物資を置いていく。その馬車はグローリア辺境伯家の家紋がついていたので、ようやく領主様が壊滅した村の支援に重い腰を上げたのだと、領民は理解した。


 実は領主どころか家令の許可もなく、御年六つの長女が音頭を取っているなど、知りようもないだろう。大神警視は支援物資の配給に当たる騎士たちにも、決してディアナの名前を出さないよう厳命している。子どもの慈善家ごっこで、継続的な支援にはなりえないと不安にさせないように……というのは建前で、表だってディアナの名を使うことで無駄に注目を集めたくないからだ。


 さて、その馬車は城から出発して、救貧院と孤児院とを抱えて四苦八苦していた神殿へとまっすぐに向かい、積み荷の三分の二を降ろしてもう一つの孤児院へと向かった。かなりの規模の都市であるというのに、救貧院の数が一つ、孤児院がふたつというのは随分少ないような気がする。元々が飽和状態だったところに、壊滅した二つの村からの避難民が押し寄せたのだから、いかに観光名所でもあり領都で最大の神殿といえど、対応が間に合わなかったのも無理はない。神官達は辺境伯家からの支援を大層喜んだ。


 災害時にまず必要になるのは、カネよりモノだ。特に冬場はただでさえ燃料不足となりやすいのに、この時代は薪に頼って暖を取っている。


 暖房効率を上げるために、暖炉の改良方法を絵図と文字で記したものを大神警視が騎士達に持たせたが、神殿がそれを採用するかはあちらの判断次第だ。もっとも、この状況下で薪を四分の一に節約できると聞けば、断ることなどないだろうが。


 今回大神警視が騎士たちに渡した暖炉の改良案は、普通の暖炉を簡易のフランクリン・ストーブへするためのものだ。

 従来の暖炉では熱効率が低く、薪を完全燃焼させても、十パーセントほどの熱量しか部屋に供給されない。残りの九十パーセントは煙突から出ていくだけだ。この熱効率の悪さを何とかしようと新たなストーブを発明したのがベンジャミン・フランクリンだ。

 彼が発明したストーブは四十パーセントもの熱効率があり、通常の暖炉の四倍である。

 しかもちょっとした改造を施すことで、普通の暖炉にフランクリン・ストーブと同じ構造を持たせることができるのだという。


 この素晴らしい発明を、使わない手はない。


 フランクリン・ストーブの基本構造の特徴は三つある。


 まずひとつに、燃焼室……薪を燃やす場所の下部から空気が入るようにすること。

 ふたつに、燃焼室の一番上から排気口が出ていること。

 最後に、その排気口はU字型になっており、一度下がってからまた上に上がる構造になっている。


 この特徴から、このストーブには循環式ストーブとも言われている。


 簡易改造の方法も簡単で、暖炉の天井から下向きの衝立をとりつけ、そのすぐ手前に床から上向きの衝立を設置する。更に手前側に天井から下向きに、他の衝立の半分ほどの衝立を取り付け、暖炉部分に格子に足を付けた台を置いてそのうえで薪を燃やすようにする。


 たったこれだけで薪が四分の一に節約できると教えられて、フレアローズ城ではすでに西棟を除いて全ての暖炉を簡易改造中だ。本格的に改造するには工事が必要になるため、費用も材料もかかる。それは追々、落ち着いてからでよいだろう。


 できれば領内の各家庭にも普及させたいところだが、これも後回し。

 ではどこに真っ先に手を入れるかというと……。もちろん、辺境伯家が管理する孤児院である。


「……暖炉の、改造ですか」


 何の前触れもなくやってきた馬車に、孤児院の院長であるブレナン・ボリスは不審そうに眉をひそめた。

 昨夜、グローリア辺境伯家の家令であるウィルソンから、何かしらの連絡を受け取っていたのが、ほかでもないこの男だ。支援物資には喜んで見せたが、騎士達が材料を持ってきたから暖炉を見せてくれと言うと、かなりの抵抗を示した。


 曰く、孤児の増加で清掃もできておらず、汚らしいため騎士様方に見ていただけるような状態ではないそうだ。


 困窮している最中に、薪を節約できるようにしてくれると聞いて口にするのがそれなのだから、やましいことがあると自白しているようなものである。騎士たちも露骨に怪訝そうに顔をしかめた。


「このような時こそ、薪を節約し長く暖をとれるようにせねばならんのだ。余計な気を遣わんでいい。行くぞ」

「はっ」

「ああ! お、お待ちくださいっ」


 一人の騎士と、二人の騎士見習いが院長の制止を振り切って孤児院の中へと入っていく。それを少し離れた場所に停めていた無紋の馬車から見届けて、僕と大神警視はレオとアンとともにこっそり馬車から降りて孤児院に近づいた。


「いんちょー! お客さんつれてきたよ」


 先に打ち合わせした通り、レオとアンが院長へ声をかけた。


「なんだ、今はそれどころじゃ……!」

「ごきげんよう」


 子どもたちの声を振り切って、騎士達を追いかけようとしたボリスの足を止めたのは、大神警視ディアナのいかにも上流家庭の娘といった挨拶だった。着ているのは裕福な商家の娘が着るような街着だが、今日は外套のフードで髪や顔を隠していないため、実に煌びやかな美貌をさらけ出している。

 幼いながら、プラチナブロンドの光り輝くような美しさも、珠のような白い肌も、この時代滅多と見られるものではない。


 案の定、ボリスの目はこの美しい子どもに釘付けとなった。呆然と見つめたかと思えば、やがて品定めするような目つきに変わる。


「こ、これはどちらのお嬢様でしょう……」

「あのね、院長。あたしたち、おなかすいてうごけなくなってね、おじょうさまが、助けてくれたの」

「な、なんだって? それはお嬢様、大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳なく……」

「お気になさらないで。魔獣のせいで大変なことになっているのでしょう?」

「それはもう……。孤児が増えて、食べ物にも事欠く有様で……」


 レオやアンにズボンの裾を掴まれたまま、ボリスはいかに支援不足で困窮する者が多いかをアピールしてくる。それにあわせて、僕から大神警視に「支援できないかお父様に相談しましょう」と提案すれば、大いに期待した顔で揉み手をした。


 支援金が増えれば中抜きする金額も増えると喜んでいるのが手に取るようにわかる。

 またレオとアンと遊びに来ても良いか、と聞いたときにも是非にと受け入れられた。僕らの後ろには私服姿のロイがついているから、お忍びの上流階級の子どもだと思っているのだろう。


 あっさりと出入りを許可するあたり、子どもだからと侮っているのだろうか? いや、だがそれにしてはこちらに向ける眼差しがいささか剣呑だ。


「なぁ、院長! お嬢様が金貨くれたんだ。これでシシーをさがしてもらえるよな!?」

「何だって? これは……!」


 話が終わるのを待ちきれないとばかりに、レオが革袋をボリスにつき出した。それには金貨が十枚入っている。


 昨日の市場調査でようやく現在の貨幣価値が確認できたが、ガロリア帝国で一般に流通しているのは銀貨と銅貨であり、金貨などそうそう目にすることはない。せいぜい商家が大きな商談の決済に利用するくらいだろう。金貨一枚で、庶民が半年は余裕を持って暮らせるようだから、十枚あれば立派な一財産だ。


 各貨幣の名称はロアナ金貨、シルリン銀貨、ペルニ銅貨。更に小さな小銭として、半銅貨であるペルがあり、レオやアンにとってお金と言えばこのペルだった。その為か、ディアナからロアナ金貨十枚の入った革袋を預かっても、大金という実感があまりわかないようで、扱いも雑だった程だ。

 これに驚いたのはボリスで、さすがに彼は金貨の価値を十分理解しているようだ。価値の解っていない子どもに持たせておけないとばかりに、大慌てで金貨の入った革袋をひったくるように受けとった。そうして中身を確認して、文字通り目の色を変える。

 いや、本当に分かりやすすぎて、逆に心配になるほどなんだが……。


「あ、あの、お嬢様、これは……」

「レオとアンが姉と慕う子が、いなくなってしまったのですってね。憲兵が捜索に金銭を要求するとは聞いたことがなかったのだけど、必要なのでしょう?」

「僕と姉さんのお小遣いを集めたんですけど、足りますか? お友達が困ってるなら、助けたくって……」

「これは……、あー、いや、ありがとうございます。いえ、憲兵に金貨を要求されるわけではないのですよ? 言葉の綾というもので……。憲兵も忙しいのですから、孤児の子どもの相手はしていられんでしょう。私の伝手で捜索が得意な者がおりまして、その者に頼むとこのくらい必要になるのでして、ええ」


 ちょうど今、孤児院の中には辺境伯家の騎士がいる。憲兵もまた、騎士団の一員だ。万が一騎士にこの話を聞かれては困ると思ってか、ボリスは小声で言い訳を並べた。大神警視はそれに笑顔で乗ったが、後ろに控えていたロイは複雑な表情である。


「まぁ、そういうことだったのですね。良かったわ、憲兵隊に直接依頼しなくって。馬鹿なことを言うなと叱られるところだったわ」

「は、はは……。わたくしめの言葉足らずで、申し訳ありません」


 実際にそんなことをしていたら、叱られるどころか侮辱罪で咎めを受けかねない。話の出所であるボリスとしては冷や汗ものだろう。行方不明者の捜索に金品を要求する憲兵、などと謂われのない侮辱を受けたと怒り狂った憲兵隊に引っ立てられて取り調べをうけることは容易に想像がついたはずだ。


「それじゃあ、あなたのお友達が、シシーを捜してくださるのね?」

「はっ、……え、ええ、もちろんでございます」

「良かった、よろしくお願いしますね。次に来るときには、シシーも一緒に遊べると嬉しいです」

「お、お任せください」


 大神警視と僕とで代わる代わるに念を押し、レオとアンにまた遊びにくると約束していとまを告げた。

 元々の予定はここまでだったが、予定外を口にしたのは大神警視だ。かしこまって孤児院の前で僕らを見送るボリスに聞こえるように、こう言ったのだ。



「ロイ、朝食を抜いてきたから、お腹が空きました。朝市がまだやっているでしょう? 寄っていきましょう。馬車で回るのは嫌ですよ。歩いて露天を見て回るんです」




 ***



 僕の上司は、合理主義者であるので、無駄なことを嫌う。よって、彼の行動には無駄がない。何の意味があるのか不明なことを命じられても、後になって思えばそういうことか、と納得することばかりだった。


 なので、僕は大神警視が突然意味不明な言動をしても、できるだけ大人しく聞くようにしている。どうせ止めたところで聞かないので、その方が効率がいいという経験則からなのだが、付き合いの短いロイや騎士の面々にそれを察せ、というのは無理があるだろう。それは大神警視もよく理解しているはずだ。


 だからこそ、なのだろうか。この状況は。


「……これ、めちゃくちゃ怒られますよ」

「そうだろうな。だが一番確実だ」


 ガタゴトと大きな震動を全身に感じながら、僕は呆れと諦めの溜息を吐いた。


 馬車の幌の隙間から差し込む日差しが眩しい。

 乱雑に積まれた荷物の奥に、僕らは両手を後ろ手に縛られて放り込まれている。幸い、口と足は塞がれていないし、手の縛めも少し時間がかかるが抜けられるだろう。大神警視ならすぐに縄抜けできそうなものだけど、頑張るつもりはないようだ。


 それもそのはず、この人はわざと誘拐されたのだから。


 孤児院に物資を届けたあとは、僕らはまっすぐ城に帰る算段だったのだが、急遽予定を変更して朝市をぶらつくことになった。ロイは嫌がったが、大神警視が強行したのだ。せっかく城から出たのだから、また市場に行きたい。屋台のものが食べたいと駄々をこねたのである。


 幼女らしく我が儘を口にする警視に腹筋と表情筋を試されたが、同時に気付いた。ああ、これはいつものアレだな、と。そうして僕は沈黙した。ロイに怒られるより、警視に睨まれる方が怖いからだ。


 結果、警視の狙い通り、屋台で買い物をしていたら、人通りの多い道で路地裏から飛び出してきた男たちに攫われた、というわけだ。


 すぐに気付いたロイが追ってきたが、大神警視がひらりと紙切れを落としたのを僕は横目で見ていた。そういえば、馬車の中で便せんを半分に切って束ねたメモ帳に、細く切った木炭を布で巻いた即席鉛筆で何か書いていたな。ロイはとっさにそれを拾い、なお追いかけようとしたのだが、男達は二手に分かれて細い路地を走り回り、まんまとロイを撒いたのだ。


 ネルソンさんたちに……怒られてないといいのだけど。


「あの紙、何を書いてあったんですか?」

「ああ。ほどほどに追ったら引いて、根城まで護衛に尾行させろ、と」

「……可哀想に」

「事前に知らせたら反対されるのが目に見えているからな。安心しろ、私だってこの子たちをむやみに危険にさらすつもりはない」

「だったら囮なんてやめてくださいよ……」

「最初はそのつもりはなかったが、あの男、随分この子達に商品価値を見いだしたようだったからな。ああいう不穏分子はさっさと潰しておくほうがいい」


 なるほど、あの値踏みするような視線は文字通りそうしていたということか。確かにディアナ嬢は明らかに上流階級の出で、しかも六つの今ですらとんでもなく整った容姿をしている。ケインくんだって、攻略対象だけに可愛らしい子だ。

 売れるか売れないかで言うなら、かなり高値で売れるだろう。もっとも、単純な労働力としてではないのは間違いないので、万が一にもこのまま誘拐されるわけにはいかないのだが。


 まあ、そのあたりは僕も心配はしていない。もともと、僕らには平民に変装した騎士が隠れて護衛についていたし、ボリスにも見張りをつけ、ボリスが誰かに何か指示を出したなら、その相手にも尾行をつけるよう手配してあった。

 ロイが大人しく大神警視が残した指示に従ったのも、それを知っていたからだろう。ある程度追いかけて、見失ったかのように見せておけば、攫った方は安心して合流し移動を始める。それを隠れて警護していた騎士に尾行させる方が、確実に捕縛できるはずだ。


 問題は、彼らが大神警視の意図を汲んで、本拠地に着くまで大人しく尾行してくれるか、だが……。今のところ、僕らを乗せた馬車が領兵に止められる様子はなかった。


「……喉が渇きましたねぇ」

「君、結構な声で叫んでいたからな」

「警視こそ」

「ある程度抵抗しないと怪しまれるから仕方ない」


 お互い、助けてーだの、離せ人さらい、だのとそれなりの声量で叫んでいたので、なんとなく互いに近い位置にいるな、というのは解っていた。尾行者も声を頼りについてきていたのは確認している。僕らを攫った男たちは前を向いていたが、僕らは彼らの背後を見放題だったのだから容易なことだった。でなければここまで落ち着いてはいられなかっただろう。


 男達は合流するポイントをあらかじめ決めていたようで、叫び疲れた僕らが黙ってぐったりと寝たふりをしたことで、気絶したと思ったらしい。猿轡を噛ませることもなく、両手を縛っただけで、人通りの少ない細い道に停めていた幌付きの荷馬車に僕らを放り込んだ。


 そうしてそれまで着ていた地味でくたびれた服から、それよりも仕立ての良い行商人風の服に着替えると、一人はどこかへ消え、一人は御者席に座って荷馬車を動かしだした。六つの子どもふたりだ。運搬役はひとりで十分ということだろう。


 馬車が動き出してしばらくして、城門の門兵とのやりとりらしきものが聞こえたので、城壁の外へ出たのは間違いない。そこからは、街道があまり整えられていないのか、かなりの揺れだった。おかげで小声でなら話すことも問題ないのでありがたい……と言いたいところだけど、やっぱりこの揺れはいただけない。


「攫った子どもたちは城壁の外へ運んでいたんですね」

「奴隷の売買は御法度だから、守備兵や憲兵がうろついている城壁内では不安だったんだろう。なんせ奴らは大規模な摘発を受けた直後だからな」


 半年前に皇都から逃げ出して、グローリア辺境伯領の領都フレアローズに潜伏して四ヶ月。当初は大人しくしていたのだろうが、潜伏を続けるにしろ、思い切って全く別の場所へ逃げるにしろ、資金が入り用だ。そうして資金作りの商材として彼らが選んだのは、やはり慣れ親しみ、手っ取り早く稼げる奴隷だった。……と、そういうことなのだろう。



 それから馬車でおよそ三十分ほど揺られた先の、森の中。小さな泉の畔に佇む、古ぼけた屋敷に、僕らは運び込まれたのだった。


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