未来からのチャット

ウゾガムゾル

未来からのチャット

 ここは長野第一開拓地にある仮設住宅の一室。私は畳の上に寝転がって、スマートフォンでネットサーフィンを楽しんでいた。

 次から次へと、ページを閲覧しては、目に止まったリンクを辿っていったり、キーワードを検索ボックスに入れていったり。たったこれだけのことを、もう五時間も繰り返している。ネットサーフィンは、つい夢中になってしまうものだ。

 そしてついに私は、そのページを開くことになった。

 それはまとめサイトだった。五年前発生した、最悪の大災害についての。

 仰々しいタイトルの下には、東京湾を震源とする大地震の発生、続く津波被害によって当時の首都・東京が壊滅するまでの様子が事細かに記載されていた。


 その下のほうに、ある記述があった。

「生放送中に津波に飲み込まれたゲーム実況者、『アリシルゲームズ』」

 生放送中に……ということは、悲劇の様子もしっかりと放送されてしまったのだろうか。

 冷汗が出るのを感じながらその下を見ると、件の生放送のアーカイブがリンクされていた。

 若干躊躇したが、最終的に私はそれをタップすることにした。


「……チャオ~どうもこんにちは! アリシルでーす! 今日は、生放送で『ラピッドモンスター』やっていきたいと思います!」

 妙に間の抜けた若い男の声が、スマホのスピーカーから再生される。画面には大きく、有名なRPGのキャプチャが表示されていて、左下には配信者を移した映像がついている。ボサボサの髪に、青いエクステをつけている、丸メガネの青年だった。

「さーあ始まりましたよー。あ、もう1000人! ありがとうございまーす」

 画面右端には、当時のチャットがリプレイされていた。これが、ライブのノリってやつなのだろうか。私はあまり生放送とか、見たことなかったから、新鮮に思えた。でも、これが数時間後に悲劇の現場に変わってしまうと思うと、恐ろしい。


「最初のパートナー……うーん! どれにしようかなー」

 一番最初にパーティーに入れるモンスターを、三体の中から選ぶ場面になった。

「いや~全部かわいい! 決まんないぞこれ……」

 迷っている主。当時のチャットのアーカイブには、これにしてよ! とばかりにモンスターの名前が並ぶ。

「チャットで決めるか~。みんなコメントして~。十秒後に俺がコメント流すんで、その真上のコメントを採用しまーす」

 主がそう言うと、チャットの勢いはさらに加速していった。そうか、生放送だと、こういうこともできるんだな。

 そのとき、私はチャット欄に自分のコメントを入力する場所を見つけた。

 ……え? これ、アーカイブだよね……? 普通、アーカイブにチャットなんてできるはずがない。今出ているチャットは過去のものが再生されているだけだし、コメント欄は別にある。

「じゃあカウントダウンはじめまーす! 五……四……」

 バグか何かだろうか。ここで私はちょっと興味が出て、せっかくだからと、当時のみんなに混ざったつもりで、チャットを送ってみることにした。まあ無理だと思うけどね。

『〈ひなちゃん〉 だいふくウサギ』

 打ったチャットは画面を流れていった。エラーは出なかった。だがこれはアプリ側で表示しているものだ。主に見えているとは限らない。というか見えているわけがない。


「三……二……一……ポチッ!」

 コメントが上へと流れていく中、色の違うチャットが流れてきた。この色は主のチャットであることを示す。チャットの流れがあまりにすばやかったので、私はスクロールしてそのチャットを追った。選ばれたのは……。


「おっ、どれどれ……はい、決まりました! 最初のモンスターは、だいふくウサギに決定です!」

 と、届いた!? 五年前の配信に?

 と思ったが、すぐに勘違いだと気づく。

「モーリーさん、ありがとうございます!」

 『モーリー』は私のアカウント名ではない。私のは『ひなちゃん』だ。チャットを見返すと、私のチャットは主のチャットより全然前にあった。

 なんだ、たまたま当たっただけか。そりゃあ三択だしな。

 馬鹿馬鹿しい話だとは思ったが、私は自分の心の中に一抹の悔しさが生まれたのを感じた。次こそは絶対選ばれてやる! という気が起こるのも感じた。

「じゃあ次、モンスターの名前ですねー。これもさっきみたいに決めようと思います」

 なぜ過去のチャットに参加できるのか? いや正直、今はそんなことはどうでもいい。見ると、相変わらずチャットが高速で流れ、そこに私も打つことができる。私は気づいたら、生放送というもののノリに引き込まれていた。

 ある人が、自分の名前やアカウント名をチャットに流した。すると、同じ事をする人が増えてきて、次第にみんなそうし始めた。私も何となく、「ひな」と入力した。

「うお、みんな自分の名前入れてるし……! いいぞ、じゃあかわいがってあげよう! 三……二……一……ポチッ!」

 緊張が走る。


「……えっと、見つけました! このだいふくウサギの名前は……」

 主は口でドラムロールの真似をしたあと、告げた。

「『ひな』に決定です!!!」


 戦慄した。やっぱり私のコメントは、主に届いてる。五年前の過去に、私はメッセージを送ってる!

 嘘だ! こんなの、あり得ない。あり得ないことだが、実際目の前で起こってしまっては、しょうがない。

 もう、気分は完全にリアルタイムの生放送だ。私はこの放送が五年前のものだということをときどき忘れながら、普通に実況プレイを見守った。


 その後も、主は順調にゲームを進めていく。その中の要所要所で、選択をチャットに任せるところはあった。しかしあれ以降、私が選ばれることはなかった。

 癖のある口調とトークの内容にハマり、私はすっかりこの主、アリシルのファンになってしまったようだ。


 ふと私は、放送時間を見た。この枠はトータルで二時間四十三分とある。そして今、ちょうど2時間半が経過している。


 そうだ……このままだと……津波が……。


 私はどうすべきか迷った。現代から「この後津波が起きます」と送るか? そんなの相手にしてもらえるだろうか? 他の視聴者に、変な目で見られないだろうか。それともさっきのは気のせいで、やっぱり過去になんて届いてなかったのだろうか。

 

 その時、主はゲーム内でボス戦の建物を前にして、言った。

「いやー、このボス倒せるかな。でも、大丈夫でしょ。俺とひなちゃんなら、勝てない相手はいない!」


 その瞬間、私の中でなにかが吹っ切れた。


『私は未来からこのチャットを送っています。まもなく、東京で大地震が発生し、津波が届いて東京は壊滅するんです。そうなる前に、一刻も早く首都圏から逃げてください! 今ならまだ間に合います!』

 純粋に応援するコメントや、ツッコミのコメントに交じって、いやに現実的なコメントがチャット欄に流れていく。

 しかし、アリシルは反応することなく敵との戦闘を続けていた。

「おっしゃ! 一体目ワンパン! 気持ちええ~~!」

 他のユーザーたちも、それを賞賛するコメントばかりで、私のコメントには気づいていないようだった。

『私のコメントを見てください!』

 反応はない。やっぱり、さっきコメントが届いたのは、幻想か何か?

 すると、他の人の『がんばれー』『激アツ』などのコメントが、だんだん頭悪く見えてきて、そんなチャット欄に、私は苛立ちを覚えた。

『お願い……見て』

 すると、私のコメントに反応をする人が現れはじめた。


「まってなんか変なのいるんだけどwww」

「未来人ごっこやめろ」

「荒らしはスルーで」

「こいつ名前つけてもらった人? いくらなんでも調子乗りすぎ」


 届いてる……? 違う、でも違うんだよ。私は本当に未来からチャットを打ってるの。私は彼を救おうと……。


『私、アリシルさんのファンなんです。どうか逃げてください、お願いします』


 突然、画面が真っ暗になった。

 数秒後、再びあのまとめサイトに戻ってしまった。どうやら荒らしとして追放されてしまったようだ。


 救えなかった……のか?


 不思議な体験も、終わってしまえば、どうということはないように思えてくる。

 過去に干渉したとは言うが、私は相変わらず仮設住宅の一室で寝転がっているだけ。少なくとも見える範囲では、何の変化も起こっていなかった。

 やはり、「ただのバグ」だったのだろうか。コンピュータ系には詳しくないけど、こんなバグがあり得るものなのだろうか。


 その日の夜、私たち家族は三人でこたつを囲みながら、夕食を食べていた。

 部屋の一辺に置かれた小さなテレビが、都市伝説系のバラエティー番組を写し出している。

「はっはっは。あの大企業の社長が、実は未来人じゃないか、だってさ」

「そんなわけないでしょう? 私は見たことないわよ」

 父と母の会話。いつもどおりの光景だ。

 そのとき、ピローンという音がして、テレビ画面上部に白い文字が表示された。

『〈ニュース速報〉 逃亡中の連続殺人犯、長野県○○町にて目撃情報あり』

「○○町って、隣町だよな。近いぞ」眉をひそめながら言う父。

「やーねー、物騒で」

 といいつつも、呑気に味噌汁を飲んでいる母。


 そのとき、ピンポーン、という音がして、家のチャイムが鳴った。

「今度はなんだ」

「あら、こんな時間に誰かしら」

 母は、玄関に向かって歩いていく。

 嫌な予感がした。


 「はーい」

 

 ドアがガチャっと開いた音がした。次の瞬間、何かが倒れる音がした。

 続けてドスン、ドスンと足音が近付いてくる。リビングのドアが開け放たれると、私はそこに、全身黒ずくめの、包丁を持った男の姿を見た。

「な……何してくれんだコラ!!」

 父は立ち上がると、男に啖呵を切って、素手で飛びかかる構えをした。それに対して、相手は無言で包丁を構える。だめだ、下手に手出しをすると……。


 ブシャ


 男はそれを蹴り上げて、仰向けにした。恐る恐る目を向けると、胸にナイフが刺さって横倒れになった父親の、白目を剥いた顔が目の前にはあった。


 男はゆっくりと私のほうを向いた。男の肩が棚の上の花瓶に触れ、倒れ落ちて割れた。


 こたつに半分入ったままの私は、出て逃げ出すか、こたつの中に隠れるかの二択を迫られた。判断に迷い、一瞬硬直した。


 私は逃げることを選んだ。


 しかし、立ち上がって男の隣を通過した瞬間、私は腹に激しい痛みを覚えた。


 嫌な間があった。どれくらいの時間がすぎただろうか。腹から何かが抜かれた。


 鼻をつく鉄の匂いとともに、私は前からその場に倒れ込んだ。


 私は、体をよじって、ねじって、何とか仰向けになって、朦朧とする意識の中、目の前を見ると、


 そこには確かに、あの間の抜けた顔、丸いメガネ、青いエクステ。私が好きになった、私が助けようとした、彼の姿があった。


「チャオ……今日はこれくらいで……アリシルでした……ご視聴ありがとうございました……」


 私が最期に聞いたのは、ゴトっと地面に落ちる、重たい電子機器の音だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未来からのチャット ウゾガムゾル @icchy1128Novelman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ