第13話

 鍛冶屋のヒゲオヤジは地獄の閻魔大王のような恐ろしい形相であった。

 しかしオッサンを目にした途端、待ちかねていた孫が遊びに来たおじいちゃんみたいになる。


 そのあまりの豹変ぶりに、スカイたちは唖然とする。

 固まったままのキャルルからオッサンを奪うと、もう我慢できんとばかりに頬ずりしはじめた。


「あああっ! かわいいかわいいかわいい、かわいい~~~っ!」


「うにゃあああんっ!? むさくるしい顔を押しつけるんじゃない、イッテツ!」


 ヒゲオヤジはその外見に似合わぬ声と、名を呼ばれたことにギョッとなる。


「そ、その声は、もしかして……!? ドノヴァン!?」


「そうだ、久しぶりだな。って、そんなに顔を近づけるんじゃない」


 オッサンはキスを嫌がる猫のように手を突っ張って、イッテツの顔を押し返す。

 しかしイッテツはそれでもめげない飼い主のように、グイグイくる。


「お……お前、いったいどうしちまったんだよ!? こんな姿になっちまって!?」


「ちょっとワケありで、話すと長くなるんだ。それよりも、この子らに武器を見繕ってくれるか?

 これからサンダーバードとやりあうんだ」


「サンダーバードだぁ!? なかなかタフなクエストみたいだな! こんな子供らでやれんのかよ!?」


「ああ、この子たちはこう見えて、SSSランクの才覚を持った上位職なんだ」


「そりゃ、知ってるけどよ……」


「なんだと?」


 まだポカーンとしているスカイたちをよそに、イッテツはオッサンを抱っこしたまま背中を向けて、声をひそめた。


「実をいうとな、今朝がた学園から手配書が来てたんだよ」


 イッテツが作業服のポケットから取りだしたのは、一枚の羊皮紙。

 そこにはスカイたちの人相書きがあって、さらにその下には、



『この子たちにはマジックアイテムなどの強力な武器や道具は一切販売しないでください。

 協力してくれた店舗には、学園指定の店舗に推薦させていただきます。

 なお本件については、人相書きにある当人たちには内密にお願いします』



 マジックアイテムがなければ、サンダーバードの討伐など不可能に近くなる。

 オッサンは顔をしかめた。


「クソ、こんな所にまで手回しをしてやがるとは……!」


 しかしオッサンがいたのが、仕掛け人の運の尽きであり、少女たちには僥倖であったといえよう。

 イッテツは責めるような口調で言った。


「もしかして、他の店で相手にされなかったのか? でもだからって、あんな子供をこんな所に連れてくることはねぇだろうが!」


 イッテツは学園の生徒たちが店の前を通りがかると、まるで地獄の門番のように激怒して追い返している。

 それはこの先がスラム街で物騒なので、生徒たちが犯罪に巻込まれないようにあえて悪役を買って出ていたのだ。


「いや、それは知らなかったんだ。サンダーバードとやりあうなら、この店の装備しかないと思って。

 それにお前がいるなら安心だろうと思ってな」


「うぐっ……以前だったらクソみてぇな世辞だと思って相手にしねぇんだが、そのナリで言われると嬉しいじゃねぇか……!」


「それじゃ、力を貸してくれるか?」


「くそっ、しょうがねぇな!」


 イッテツはガンコオヤジの表情を作り直すと、スカイたちのほうに振り返る。


「普段は工房には女子供は入れねぇんだが、今日だけは特別だ!

 この俺が、お前たちに最高の装備を選んでやるよ!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 スカイたちはキツネにつままれたような表情のまま、イッテツの工房に足を踏み入れた。

 そこには所狭しと剣や盾が壁に掛けられ、鎧が並べられている。


 オッサンはイッテツに言った。


「イッテツ、今回はとりあえず武器だけ頼む。スカイだけは盾も見繕ってやってくれ」


「防具はいいのか?」


「ああ。サンダーバード相手には重装よりも、動きやすい格好のほうがいい。

 馴らす時間があれば別なんだが、すぐに出発するからな。

 かわりといっちゃなんだが、耐雷の護符を付けてくれるか? 最高級のやつを」


「よし、任せとけ!」


「あ、あと封印の水晶瓶もくれ。いちばん大きいやつな」


「ああ、それなら棚にあるから、好きなのを持ってけ!」


 イッテツは少女たちの身体つきや手を触って確認する。

 スカイとガーベラには剣を、キャルルとセフォンには杖、バンビには短剣を選んで加工を施した。


 それらは魔法金属に加えて魔力練成も施された、この店で最高級のものだった。

 その軽さに、スカイは目を剥く。


「す、すごい軽い……!」


「イッテツはオーダーメイドにこだわった鍛冶屋なんだ。

 使い手に合せて剣の重量のバランスを変え、グリップも専用のものを作ってくれる。

 だから使いやすいだろう?」


「うん! 初めて持ったのに、まるで自分の身体みたい!」


「がははは! 気に入ったか! でもお嬢ちゃんたちは成長期だから身体のバランスが変わることがある!

 そん時はまた俺んところに来たら調整してやるよ!」


 少女たちは大喜びであったが、ひとりだけこわごわと手を挙げる者が。


「あの、すみません、こちらはかなりお高いのではないですか?」


「そりゃ最高級品だからな! ひとりあたま(ぴとっ)……むぐっ!?」


 イッテツが値段を言おうとした途端、オッサンが飛びかかってきて顔に張り付いた。


「ドンちゃん、びっくりするじゃねぇか! 急に甘えたくなったのか!?」


「ドサクサにまぎれてお前までドンちゃんって呼ぶんじゃねぇ! それに誰がお前みたいなオヤジに甘えるか!

 オッサンがオヤジに甘えるなんて、どんな地獄絵図だよ!」


 今度はオッサンが声を潜める番だった。


「イッテツ、ぜんぶコミコミで300にしてくれ」


「さっ、さんびゃく!? 武器と耐雷の護符、封印の水晶瓶もあわせたら600万エンダーはするんだぞ!? しかもこれでも大サービスしてるってのに、さらに半額にしろってのかよ!?」


「違う違う。300万じゃなくて300エンダーだ」


「は……はああっ!?」


 もはや値引きというレベルではない交渉に、アゴが外れそうなほどの大口になるイッテツ。


「なぁ、未来の勇者への投資だと思って頼むよ。

 世界初の女勇者が使ってる武器を作った鍛冶屋となれば、かなりのハクが付くだろう?」


「で、でもさすがに、タダ同然ってわけには……!」


「そうか。ならお前とはもうこれっきりだ。二度とモフモフさせてやらんからな」


「そ、そんなぁ!」


 イッテツにとってはオッサンをモフれなくなることがよっぽどショックなようだった。

 彼は腸がねじ切れんばかりに顔を歪めると、


「ぐっ……! じゃあ300エンダーだっ! もってけ泥棒っ!」


 なんとオッサン、99.99995%もの大幅値引きに成功っ……!

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