第67話 青年リーダーのラッセル

「リュージくん、モレイオス男爵という貴族を知ってるかい?」


 かつて騒乱を起こした平民たちのリーダーだった青年――名をラッセルといい、今は平民の代表としてアストレアの出席する御前会議にも参加が許されている――がリュージに尋ねた。


「いや、貴族の名前なんかをイチイチ覚えてはいないな」


 リュージはどの貴族かを思い出そうとして、そもそもアストレアの近くでよく見かける数名の上級貴族以外は、貴族の名前をろくに覚えていないことに気が付いた。


 ちなみに2人はもうお互いの名前を知っている。

 無事に復讐を終えたリュージにはもう、親しい相手にまで名前を隠す理由はなかったからだ。


「モレイオス男爵は宮廷貴族で、ずっと中立派の一人として行動していたんだけど、最近怪しい動きを見せていてね。リュージくんも少しモレイオス男爵の動きに注意しておいてほしいんだよ」


「怪しい動き? どういう意味だ?」


「先だっての内戦で旧セルバンテス大公に味方して領地を取り上げられたり貴族の地位を剥奪された、元セルバンテス派の貴族の一派たち」


「ああ、そんなのもいたな」


「さらには元第二王女フレイヤ派で、今は要職から外された反主流派の貴族たち」


「ここまで聞くだけできな臭いな」


 ちなみにフレイヤはもうこの世にはいない。

 最初の暴動の時、散々慰み者にされたフレイヤは心が壊れて食事もとらなくなり、やせ細って惨めに死んでいったとリュージは聞かされている。


 閑話休題。


「モレイオス男爵は彼らアストレア女王陛下に恨みを持つ者たちを秘密裏に束ね、さらには町のゴロツキや浪人たちをこっそりと集めているみたいなんだ」


「なんだそりゃ、まさかアストレア姉への謀反か?」


「おいおいちゃんとアストレア女王陛下と言いなよ、っていうか姉と呼んだってことは、リュージくんはアストレア女王陛下の弟だったのかい?」


「まぁそんなところかな。義理の弟と言ったところだ」


 リュージが至極真面目な顔で言ったので、ラッセルはその言葉を完全に信じてしまった。

 まさかシスコンを拗らせたリュージが、勝手にアストレアを姉と呼んでいるだけとは思いもよらないラッセルだ。


 ラッセルが今、王宮に登城し御前会議で発言が許されるのは、反乱を成功させてくれたリュージのおかげである。

 悪を討つ悪『クロノユウシャ』であることも察している。

 だからラッセルはリュージのことを心から信じていたのだった。


「なるほどそうか、だからリュージくんは先王に幽閉されていたアストレア女王陛下を助けにいったんだね。納得したよ」


「結果的にはそういうことになるのかな」


 シスコンを拗らせてしまい心からアストレアの弟だと思っているリュージと、リュージにこれ以上なく恩義を感じているラッセル。


 疑いの余地が入り込むすきが全くない2人の関係性によって、最近のアストレアの悩みの種である「既成事実」がまた1つ積み重なってしまった瞬間だった。


「もっとあれこれ聞いてみたいところだけど、好奇心は猫をも殺す。王家への下手な詮索はこのあたりでやめておくよ。ああそうだ、リュージくんに対する僕の態度も変えない方がいいかな?」


「俺は俺だ、何も変わらない。そのままでいいさ」


「じゃあそういうことで。話がそれたけど、状況を見る限り僕としてはアストレア女王陛下に対する武力蜂起の可能性もあるんじゃないかなと思ってるんだよ」


「1度裏切った奴は次も必ず裏切る、この世の真理だな。やはりあの時セルバンテスについたやつらは皆殺しにしておくべきだった。アストレア姉は優しすぎるところが玉に瑕だな」


 リュージの中に、カイルロッド皇子を殺して復讐を成し遂げて以降久しく感じていなかった強い衝動が、湧き上がってくる。

 アストレア姉を守らなければという、弟としての強い気持ちがリュージの中に生まれていたのだ――!


「ま、まぁ、中には心を入れ替える人もいるんじゃないかな?」


 リュージから漂いはじめた凶悪な殺意の余波を感じ、必死になだめすかすラッセル。


「とりあえず話はわかった。モレイオス男爵だったな、少し探ってみるよ。それにしても詳しいな、どうやってそんな情報を得たんだ? お前は御前会議に呼ばれはしても、何の権利もない庶民のままだろ?」


「庶民には庶民の情報網があるのさ。僕も伊達に反乱のリーダーをやってはいなかったってこと。王都で浪人やゴロツキを集めてたらすぐにわかるんだ」


「なるほどな」


 ラッセルの言葉を聞いて納得のリュージだった。


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