第62話 姉さんとパウロ兄の仇を、今ここで取らせてもらうぞ――!

「はぁ? なんだって? よく聞こえなかったんだけど?」


「次で決めると言ったんだ」


 リュージはそう言うと、命を、心を!

 激しく激しく、これでもかと震わせていく――!


「あはははっ! ずっとノロマな亀みたいに縮こまって防御するしかできないでいて。なのに次で決めるだって? はははっ、馬鹿も休み休み言うんだね!」


 しかしカイルロッド=デルピエロは、圧倒的有利な状況にあるという慢心故に気付いていなかった。


「馬鹿はてめぇの方さ。師匠はもう俺に斬れないものはないと言ったんだ。なら俺がお前を斬れないはずがないだろうが」


 鞘の中に納めた菊一文字に、リュージが湧き上がってくる猛烈な『気』全てを余すところなく注ぎ込んでいることを――!


「あの愚かな大男が言ったからできるだって? なんだい、その穴だらけの間抜けな論理は。ボクにまったくかなわないでいるこの現状を、その間抜けな目でよく見てみろよ!」


 慢心を隠そうともせず、あざ笑うように言ったカイルロッド=デルピエロの言葉を、


「あいにくと師匠の言葉とお前の言葉なら、どっちを信じるかなんて悩むまでもないんでね」


 リュージはこれ以上なく端的に切って捨てる。


「ちっ、どこまでもウザいな君は。現実を見ない空想のような理想論の押し付けにはいい加減うんざりだよ。いいよ、そこまで言うならやってみせなよ?」


 いら立ちを隠そうともせずに言ったカイルロッド=デルピエロに、


「はっ、ははっ、あはははははっ!」

 今度はリュージが大きな笑い声をあげたのだった。


「なんだい、図星を指されてしまって、もはや笑うしかできなくなったのかい?」


「そんなわけねえだろうが。やってみせろだと? なに勘ちがいしてやがる、もうお前にそんな選択肢はねぇんだよ」


「……なんだって?」


「お前を仕留めるのに十分なだけの『気』は既に溜まっている。後は俺がいつお前を斬るか、それだけなんだよ。元よりお前に選ぶ権利なんざ与えられてねぇっつーの」


 そこでカイルロッド=デルピエロは気付いた、気付いてしまった。

 鞘に納められた刀──菊一文字から漏れ出で、立ち昇りはじめた尋常ならざる剣気を。


 まるで命を全てこの瞬間に燃やし尽くそうとしているかのごとき、獰猛で猛々しく、純粋で向こう見ずで、なにより圧倒的なまでの『気』の高まりを――!


「な、なんだこれは!? なんなんだよこのありえない力は!? こんなのおかしいだろ!?」


 その途方もない力の高まりに、カイルロッド=デルピエロは狼狽せずにはいられなかった。


「おかしくなんてないさ。神明流とは震命流――すなわち命を、心を震わせる剣術だ。俺はもう覚悟を決めた、お前を殺すために全てを投げうつ覚悟をな! 命を賭けてお前を斬る覚悟を、俺はもうとっくに決めているんだよ!」


「ぅぐ――」


「俺の命を! 俺の持てる全ての力を籠めて、俺はこの一刀を放つ! 姉さんとパウロ兄の仇を、今ここで取らせてもらうぞ! 大罪魔人カイルロッド=デルピエロ!」


「ま、待て……ボクが悪かった――」


 カイルロッド=デルピエロは後ずさりしようとして、しかし思いとどまった。

 もはや指先一つでも動かした瞬間にリュージに斬り殺されると、どうしようもないほどに理解してしまったからだ。


 しかし結局のところカイルロッド=デルピエロが動こうと動かまいと、結果が変わることはないのだった。

 なぜなら目の前の仇を――カイルロッド=デルピエロを斬るということ以外、もはやリュージの頭の中にはなかったのだから。


 言うなればそれは、極限まで精錬され純度を増した殺意の体現――!


「さてカイルロッド。もういい加減頃合いだ。この世へのお別れは済ませたか?」

「ま、まま、待って、くれ――」


「待つわけねえだろ。だせぇ寝言は寝てから言えよ、魔人さま」


「このっ、クソがぁっ! 生意気言ってんじゃねぇぞ、たかが人間の分際で!」


 鮮烈なる殺意の前に追い詰められたカイルロッド=デルピエロは、ついに一か八かの攻撃にうって出た。

 リュージが抜刀するより先に攻撃を当てようと、目を見開いて獣のごとく猛然とリュージに襲い掛かる。


 しかし。

 そんなカイルロッド=デルピエロの行動すらも、リュージにとっては想定の範囲内に過ぎなかった。


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