第64話 エピローグ(上)アストレア

 リュージが目を覚ますと、そこには見覚えのある天井があった。


 アストレアから自由に使っていいと借り受けていた部屋の、ベッドに寝かされているのだとすぐに思い至る。


「ここは……俺の部屋か? なんで……俺は死んだんじゃ……」

「ちゃんと生きてますよリュージ様」


「アストレア?」


 ベッドのすぐ脇からアストレアの声がして。

 だからリュージは上半身だけを起こすと、声のした方向に視線を向けた。


「はい、わたしです。おはようございますリュージ様――と言っても今はもうお昼前ですけどね」


 アストレアがにっこり笑って答える。

 そのすぐ近くには菊一文字――サイガから譲り受けた刀が所在なさげに立てかけてあった。


「ああ、おはよう。それよりどうして俺は部屋のベッドで寝てたんだ? 俺は街道で戦って、カイルロッドを倒した後に力尽きて倒れたはずだ」


「それはもちろん、意識を失って倒れていたリュージ様を回収して治療したんですよ。見つけた時点で生命活動がほとんど停止してたんですからね?」


「……それで良く命が助かったな」


「ほら、前にリュージ様が勧めてくれた怪しげな丸薬があったじゃないですか。あれを大量に飲ませました、一か八かで。効果があったみたいで良かったです。これは王宮御用達の薬屋にでも取り立てないとですね」


「そうだったのか……それは迷惑をかけたな」


「ほんと大変だったんですからね。リュージ様の回収にしても、タッチの差でどうにかセバスが回収に成功したんですから」


「俺を見張っていたのか? 周囲にそんな気配は感じなかったはずだけど」


「見張っていたのはリュージ様ではなく、フランシア王国との国境ですよ。カイルロッド皇子がいつまで経っても到着しないとなれば、フランシア王国から確認のために人を送るでしょう?」


「ああ、そういうことか」


「はい。その動きを見張っていて、リュージ様に何かあった時のために、彼らが現場に行きつく前に先んじて動いたわけです。そうしたらリュージ様が倒れていたそうで。やはり保険はかけておくに限りますね」


 アストレアがえっへんとばかりに、ちょっと得意そうな顔で説明をした。

 今回に限ってはリュージの行動予定があらかじめわかっていたので、聡明なアストレアは秘密裏に次の手を用意していたのだ。


「本当に色々と迷惑をかけたな、ありがとうアストレア。アストレアには感謝してもしきれないよ」


 そんなアストレアに、リュージはいつものように軽口をたたくでもなく、素直に心から感謝の気持ちを伝えた。


「いえいえ、わたしたちは始まりからの共犯ですからね。助け合うのは当然です。でも貸し一つですからね?」


「本当にアストレアには頭が上がらないよ、この借りは一生かけて返すから」

 リュージは再びお礼を言うと、大きく頭を下げた。


「え? ああはい……。あの、なんだか今日のリュージ様はやけに優しいというか、とても素直ですよね?」

 そんなリュージの反応見て、アストレアはやや戸惑ったように言った。


「そうか?」


「リュージ様のことですから『俺はそんなこと一言も頼んじゃいない、お前が勝手にしたことをイチイチ声高に恩着せがましく言ってくるな』とかなんとか、軽口が飛んでくるものだろうと心構えしてたんですけど」


「……そうかもな。少し気が抜けてるっていうか、復讐を終えて肩の荷が下りて。それで張りつめていたものがぽっかりとなくなった気がする」


 リュージはまたもや素直に、今の自分の心の様子をアストレアに伝えた。


「あの、ほんとにリュージ様が素直で優しくて穏やかで、若干どころか激しく困惑しているわたしがいるんですけど。大丈夫ですか、頭打ってません? お医者さまを呼びましょうか?」


「心配してくれてありがとうアストレア。でも俺は全然なんともないから安心してくれ」


「そ、そうですか……」


 まるで憑き物が落ちたように穏やかになったリュージの言動に、アストレアはどうにも困惑を隠せないでいた。

 あまりに今までのリュージとは別人過ぎて、ぶっちゃけ気持ち悪いまであった。


 もしかしたら生き別れの双子かなにかで、完全に別人なのでは?などとも思ってしまった。


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