第65話 エピローグ(中)告白

「ところで師匠は――俺の刀を持った大男の死体がなかったか?」

 リュージが真剣な表情でアストレアに問いかけた。


「報告によるとあったみたいですね。でもそうですか、あの方はリュージ様のお師匠さまだったんですね」


「ああ、俺の剣の師匠で、そして人生の師匠だ。最後に俺に大切なことを教えてくれたんだ」


「それは、ええ、本当に良かったですね」

「ああ」


「結論を申しますと、彼がこの事件の犯人ということでこの一件は落ち着きそうです。なにせ凶器である剣を持って現場に倒れていたんですから」


「まさか、師匠はそこまで考えて俺の剣を預けろって言ったのか――」


 もし万が一にでもリュージという復讐者の存在が明るみになり、さらには女王アストレアとの関係まで神聖ロマイナ帝国に知られてしまったら。

 そうなれば皇子を殺した責任を取らせるべく、神聖ロマイナ帝国はその強大な軍事力でもってシェアステラ王国に攻め込んでくるだろう。


「きっとリュージ様の身代わりになってくれたんですね」

「そう……みたいだな。ありがとうな師匠」


 リュージはサイガに最後の最後まで面倒を見てもらったことを知って、改めてサイガに深い感謝の念を抱いたのだった。


 故人を偲ぶ心地の良い沈黙が、少しの間この場に立ち込めた。

 穏やかな沈黙にしばらく浸ってから、リュージがふと思い出したように言った。


「ところでアストレア」

「はい、なんでしょう?」


「アストレアに伝えたいことがあるんだ」


 リュージが優しい口調で、だけどとても真剣な声色で言った。


「伝えたいこと? あ、ザッカーバーグさんのことなら、ちゃんと東部辺境伯の一人として、小さいですが領地持ち貴族に取り立てますよ。今朝の会議で最終決定しました」


「ああそんな話もあったけか。でも今はその話じゃないんだ、もっと大事な話がある、すごくすごく大事な話だ」


「といいますと?」


 アストレアはまったく見当もつかないと言った顔で、あごに人さし指を添えて首をかしげた。


「俺は最後の戦いで死を覚悟した。そしてその瞬間、アストレアの顔が浮かんだんだ。そして思い至った、俺はアストレアが好きなんだってことに」


「うえっ!? ちょ、ちょちょ、そ、そんな、いきなり好きだなんて言われてもですねっ!?」


 いきなり何の前触れもなく、真正面から見つめられながらこれ以上なく好意を伝えられたアストレアは、胸が激しく高鳴るのを止められないでいた。


 心臓がドキドキと大きな音をたててしまっている。

 顔は夕焼けのようにまっ赤だった。


「俺はアストレアが好きだ」


 そんな乙女心を高鳴らせるアストレアに、リュージはもう一度告白の言葉を繰り返す。

 そのどこまでもまっすぐな物言いに、アストレアはもう胸がキュンキュンときめいてときめいて、しょうがなくなってしまっていた。


 リュージときたら、絶世の美女と言われたユリーシャと同じ血を引いているだけあって、かなりのイケメンだ。

 しかも今までのつっけんどんとした口の悪いリュージとはまったく違った、それはもう優しく穏やかな笑顔で言ってくるのだからタチが悪かった。


 そんなリュージから情熱的に思いを告げられたのだから、アストレアが胸をたかぶらせてしまうのも、これはもう無理のないことだろう。


「えっと、あの――」

「俺はアストレアが好きだ。アストレアは俺のことをどう思ってるんだ?」


「だからその、急に言われてもですね、その、あの、えっとですね?」

「アストレアは俺のことは嫌いか?」


「全然嫌いではないんですけど、むしろ好きかなーとは思うんですけどね? でもその、ほんとにあまりに急すぎるといいますか、わたしにも心の準備というものがいりましてですね――」


「よかった、これで晴れて両思いだな」

「だからその、わたしにも色々と準備が必要でして――」


「本当によかったよ。俺の姉さんになってくれるのは、アストレアしかいないと思ってたから」


「だからあの、確かにわたしもリュージ様を憎からず想ってはおりますが…………はい? 今なんと? お姉さん? 誰がですか?」


 リュージの口から飛び出た全く理解できない意味不明な単語に、アストレアの乙女心は瞬間停止した。


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