第49話 真っ赤な嘘

「お久しぶりですリュージ様、お元気そうで何よりです」


 セルバンテス大公への復讐を果たし、数日かけてセルバンテス城からシェアステラ王国王都の王宮にある自室へと戻ってきたリュージのところに、アストレアがやってきた。


 実に半月ちょっとぶりの再開になる。


「ん、ああ」


 しかしリュージはベッドに寝転がったままで顔だけアストレアに向けると、少しおっくうそうに答えた。

 いつにも増して不遜な態度は、もし誰かが見ていれば女王陛下に対する不敬罪だと罵ることは間違いないだろう。


 しかしながらこの部屋にはリュージとアストレアだけしかいないし、なにより当のアストレアがまったく気にしてはいないのだった。

 むしろ久しぶりにリュージと会えて、激務続きで溜まっている疲れが楽になりました、といった感じのアストレアである。


 短期決戦で圧勝したとはいえ、父でもある先王の弟を討った内戦の事後処理にアストレアは忙殺されていた。

 さすがに忙しすぎて国政改革も後回しになってしまっている。


 ぶっちゃけ今はそんなことは言っていられなかった。

 身体が2つあっても足りない程に忙しいのが今のアストレアなのだから。


「帰ってきたのなら、挨拶くらいしに来てくれても良かったんじゃないですか? 2日くらい、リュージ様の方から会いに来てくれるかなって、待ってたんですけど」


 アストレアが上目づかいでほっぺをちょこっと膨らませながら言った。

 その姿は誰もが認める聡明な女王としての、普段の凛々しい姿からは想像もできない程にとても可愛らしい。


 アストレアがリュージに心を許しているからこその、そんな表情と態度なのだった。


「内戦を終わらせたばかりの女王の仕事ともなれば、それはもう忙しいと思ってな。俺から会いに行くのは控えてたんだ」


「リュージ様……えへへ、お気遣いありがとうございます。そんなこととは露知らず――」


「悪い、今のは真っ赤な嘘だ。今回は行って帰っての強行軍だったから少し疲れてた。あと単に面倒だったのと、なにより特にお前に用はないから会いには行かなかった」


 やけに嬉しそうに笑いながら言ったアストレアが、リュージのパッと思いついた口から出まかせに踊らされたままでいるのは不憫でならなくて。

 だから心優しいリュージは、正直に真実を告げることにしたのだった。


「……ですよね、はい。まぁ実際、今は目が回るほど忙しいですから……」


 肩を落としてションボリ力なく言うアストレア。


「だろうな。なにせセルバンテスの野郎が治めていた東部の広大な領地が、丸々空いたんだからな」


「ですねぇ……しばらくは天領として代官を派遣して直轄統治するにしても、いつまもで空けっぱなしにするわけにもいきませんし」


「領地を持たない宮廷貴族や名のある騎士たちは、その辺見越して論功行賞であわよくば領地持ちになろうと、新女王のお前に取り入るべく今頃必死のアピール合戦をしているんだろうな」


「だからテンション下がることを言うのはやめてくれません!? ほんと調整に苦労してるんですからね!?」


 広大な元セルバンテス大公領を細分化し、それぞれに新たな領主と、直轄領には代官を配置する。


 口で言うのはとても簡単だが、今回の内乱での活躍を精査した上で、統治経営能力が領地の大きさ・収入に見合っているか、野心はないか、隣国との関係、血縁関係、その他利害関係やら隣り合う領主の人間関係まで、もろもろ全部を地図に落とし込まないといけないのだ。


 内戦が始まって以降、アストレアの睡眠時間はいまや2時間を切ることもざらだった。

 1日でいいから心ゆくまでぐっすり寝たい――それが最近のアストレアの切なる願いである。


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