第48話 若き近衛騎士ザッカーバーグ

「やれやれ、少しは俺に感謝しろよ? お前の害悪でしかない無価値な人生を閉じてやったんだからな」


「わ、ワシは騎士道こそが正しいと……信じて、生きてきた、のに……なのに……まちがって、いた……のか……? ワシは……ワシの人生は……」


「大切なのは騎士道、騎士道とバカみたいに唱えることじゃなくて、お前自身が何を為すかだろ。いい加減わかれバーカ」


 己の生涯を捧げてきた騎士道を、最後の最後まで完膚なきまでにリュージに全否定され続けた哀れな老騎士は、


「……」


 リュージの冷たい目に見下されながらみじめに絶命したのだった。


「さてとここにはもう用はないか――」


 リュージはもう用は済んだとばかりに大公の間を立ち去ろうとして、


「おっとと、忘れるところだった」


 ふと思い出したように言うと、すぐ近くに倒れていた若き騎士ザッカーバーグの身体を軽く蹴った。

 すると――、


「かは――っ!? けほっ、こほっ、ごほっ、えほ――っ」


 激しく咳き込む声とともに、ザッカーバーグがぱちりと目を見開いて息を吹き返したのだ。


「よお、元気か?」

「あれ……? ボクはたしか心臓を突かれて死んだはずじゃ……?」


「死んじゃいないさ。心臓を一時的に止めて仮死状態にしていただけだ」

「仮死状態にした、だって? なぜそんなことを? ボクをいったいどうするもりだ!」


「どうもしねえよ。お前は自分がそんなに価値のある人間だと思ってんのか?」


「じゃあ、まさか見逃すと言うのかい? 一人だけおめおめと生き残って、ボクに生き恥を晒せと言うのか!」


「死にたいなら今すぐ殺してやるさ、それをお前が望むのならな。だが一つだけ言っておく」


 リュージはそこで言葉を軽く言葉を切ると、もう決して戻らない過去に少しだけ思いを馳せながら言った。


「死んだらすべてが終わりだ、婚約者も家族も友人も何もかもがな。それでもクソみたいな主と、見てくれだけの騎士道に殉じて死にたいと言うのなら、すぐにでも犬死させてやる。そうしたいのなら今ここでそう言え。お仲間同様、選んだ瞬間に即座にあの世に送ってやる」


「ボクは……ボクは……」


「ぐずぐずするな、さっさと選べ」


「ボクは……生きたい」


「それでいい。今この瞬間に、お前は『誰かの騎士道』から解き放たれた。これからはお前が正しいと信ずる『自分の騎士道』を生きろよ」


 そこにある種の願いのようなものが込められているのを、ザッカーバーグはひしひしと感じとっていた。


「もしかしてボクが結婚を控えているからなのかい? そう言えばさっき復讐と言っていたけど……」


「姉さんとパウロ兄みたいな悲劇は、もうあっちゃならないんだよ」


「……君は、本当の君はきっととても優しい人なんだね」


 リュージはその「見当違い」な感想をまるっとするっと無視すると、


「ああそうだ、お前に一つだけやって欲しいことがあったんだ。生かしておいたのにはそれもある」


 そんなことを言った。


「ボクにやって欲しいこと?」


「この城にはセルバンテスにさらわれた若い娘たちが大勢いるはずだ。彼女たちを解放して、この内戦が落ち着くまでのしばらくの間守ってやってくれ。セルバンテスが死んだ以上、そう長くは続かないはずだ」


「あ、ああ」


「ついでにあのバカでかい王冠についてる宝石でも分けて持たせてやれば、当面の生活には困らないだろ?」


 リュージはそれだけ言うと、今度こそ背を向けて歩き出した。


「たしかに承ったよ。近衛騎士エドゥアルド=ザッカーバーグの剣と名誉にかけて、この盟約を必ず果たすと誓おう」


「ああそれと。2度と俺の前に立ちふさがるなよ、次は殺すからな。今回は特別中の特別だ。お前みたいな雑魚は目をつぶっても殺せるんだからな」


 去り際に、振り返りもせずにそう言い残して立ち去るリュージを、ザッカーバーグは憧憬の眼差しで見つめながら立ち上がった。

 そして騎士の礼の中で最上級の礼でもって、その背中を見送ったのだった。

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