第29話 カイゼル神父の罪

 夕方、目を覚ましたリュージは王宮の近くにある、王都で一番大きな教会へと足を運んだ。


「カイゼル神父、懺悔がしたいんだ。話を聞いてもらえないだろうか」


 そしてそこで講話集会を終えたばかりの一人の神父に近づくと、そう切り出した。


「構いませんよ、懺悔室にご案内しましょう」


 リュージの言葉に、カイゼル神父は穏やかな笑みを浮かべる。


 カイゼル神父はこの教会の責任者である司教も務めるナイスミドルだ。

 温厚かつ真面目、清廉潔白な聖人として民衆からの信頼も厚く、次期大司教とも期待されるひとかどの人物だった。


 すぐにリュージはへと懺悔室へと案内された。

 小さく狭い小部屋に入ると、リュージは床に膝をついて屈んだ。

 懺悔はひざまずいて行うものだからだ。


 わずかに遅れて、薄壁を挟んだ反対側の小部屋にカイゼル神父が入室すると、両者の間に備え付けられた小窓がそっと開かれた。


「では始めましょう。偉大なる神の前では何人なんぴとも平等です。神の声に耳をかたむけ、神のいつくしみに心を委ねながら、あなたの罪を告白してください」


「人を殺したんだ、何十人も何百人も殺した」


 リュージの発言に、


「……どうやら冗談ではないようですね。なぜそのようなことを?」


 カイゼル神父は一瞬言葉に詰まった後、真剣な声色で尋ねた。


「復讐だったんだ、今はもう居ない姉さんとパウロ兄の、復讐だったんだ。だから殺した」


「仇討ちというわけですね。大切な人を奪われて、残された遺族には絶望しかなかったことでしょう。その気持ちは察するに余りあります。ですが復讐は何も生みだしません。復讐をしたとして、大切な人を失った心の傷が癒えることも、亡くなった人が生き返ることもないのですから」


「ならどうしろと言うんだろう? 姉さんとパウロ兄を死に追いやった奴らは、のうのうと生きて人生を謳歌していた。それを指をくわえて見ていろと、あんたは言うのか?」


「神は見ておられます。いつか悪人たちに正しき裁きを下されます」


「いつかって、いつだよ? 7年前の夏、姉さんを犯して嬲って凌辱したやつらは、じゃあいつ裁かれる予定だったんだ? 俺が殺すまで全員が野放しだったじゃないか」


「7年前の……夏……?」


 その単語にカイゼル神父がビクッと反応し、動揺したような震えた声を漏らした。


「どうしたんだ? なにか思い当たる節でもあるのかな、神父さま?」


「い、いえ……なんでも……ありません」


 リュージの問いかけに、カイゼル神父は言葉を濁した。


「へぇ、そうかい。ならもう一度聞こうか。神聖ロマイナ帝国の皇子やライザハット王に犯され、貴族どもに嬲られ、兵士や神父にまで欲望のはけ口にされた姉さんのカタキを、どうして神さまは7年間もとってくれなかったんだ?」


「か、神は、神は偉大で……だからい、いつか……」


「その偉大な神さまにとっちゃ、姉さんがズタボロに犯しつくされたのは何年放ったらかしにしても気にならないほど、大したことはなかったのかな?」


 そこでリュージはいったん言葉を止めると、猛烈な怒気をはらませながら言った。


「なぁカイゼル神父、どうしてあんたは聖人君子と崇め立てられ、次期大司教の候補としてしてちやほやされて、今もこうやってのうのうと俺の懺悔を聞いてるんだ?」


 リュージが小窓を通して、カイゼル神父を憎悪に彩られた黒い瞳で睨み上げた。


「黒い髪、黒い瞳……まさか……」


「このミサンガにも見覚えあるよなぁ?」


 リュージがこれ見よがしに右手首に巻いてある赤いミサンガを見せつけた。

 その赤い輪は、カイゼル神父を否応なく過去のあの日へと誘った。


「まさか、まさか君は……っ!」


「なぁカイゼル神父、7年前の夏に姉さんを犯して死に追いやった大罪人の一人であるあんたが、どうしてあろうことか神に仕え、人に説教をたれ、幸せを謳歌しているんだ?」


「あ……う……」


「神に仕えるあんたなら、きっとその答えを知ってるんだよな? 幸いここは懺悔室だ、あんたの懺悔を俺が納得するまで聞かせてくれよカイゼル神父さま」


 リュージの殺意がじわりじわりと高まっていく。


「あ、あの娘には、本当に……本当にすまないことをしたと思ってる……」


 それは十二分なほどにカイゼル神父にも伝わり、神父は声を震わせながら必死に絞り出すようにして謝罪の言葉を口にした。


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