第23話 グラスゴー商会会長

「あ、開けてくれ! 頼む、開けてくれ! ヤバイやつに襲われたんだ!」


 ゴロツキのリーダー格の男が大声をあげながらドンドンと門を叩いた。

 叩いているのはグラスゴー商会の会長ハインツ=グラスゴーの大邸宅の門だ。


 しばらくドンドンやりながら喚いていると 門が開いて男が一人顔を出した。


「バカ者、こんなところで大声を出すな。それにここには来るなと言ってあっただろう。なぜ来た」


 主に汚れ仕事を請け負うグラスゴー商会の最高幹部の一人だ。


「とりあえず早く中に入れてくれ! 話はそれからだ! でないと俺は殺されちまう!」


「仕事の後に直接来たら足がつく。そんなこともわからんのかこのバカは。今はグラスゴー会長と今後についての重大な話をしている最中だというのに……まぁいい、ここで騒がれたほうが面倒だ。さっさと入れ」


「へへっ、助かったよ」


 ここで騒がれるのはまずいと考えた最高幹部は、ゴロツキリーダーを連れて屋敷の中へと戻ることにした。


「それで首尾はどうだったんだ。手下どもはどうした?」


 最高幹部が門と邸宅の間にある前庭を歩きながら、ミカワ屋会長の暗殺が成功したかを問うた。


「それがよ、手下は全員殺されてちまって……失敗した」


「なんだと? 冗談を言ってる場合か。50人もつけてやったんだぞ、失敗なぞするものか」


「冗談なんか言わねぇよ! いきなりめっぽう強い剣士が襲ってきて、手下どもは一瞬で皆殺しにされたんだ!」


「そんなバカなことが……」


 信じられない報告を受けて、最高幹部が絶句した。

 するとそこに、


「えらく騒がしいね、どうしたんだい、何か問題でも起きたのかい?」


 初老の男がやってきた。


「こ、これは会長。部屋でお待ちになっておられたのかと」


「いやなに、失敗したなどという声が聞こえましたのでね、少し気になったものですから」


「そ、そうなんだ会長! 信じられない程強い剣士がいて、俺ら返り討ちにされたんだよ! 皆殺しにされたんだ!」


 目上の人間に対して話し方のなっていないゴロツキリーダーに、グラスゴー会長はわずかに眉をひそめながら、


「ふむ、凄腕の用心棒を用意していたというわけですか。真っ当な商売で食ってる割に、あちらさんもなかなかやりますねぇ」


 しかし底辺ゴロツキに礼節を説くのも馬鹿らしいとさらりと流し、少し思案顔をみせた。


「どうされますか、会長」


「もちろん叩き潰します。今すぐにでも私兵を向かわせなさい」


「お言葉ですが会長、さすがに正面からの殴り込みは誤魔化しがきかないのでは……」


「我がグラスゴー商会が長年積み上げてきた利権が、一夜にして全て奪われたのですよ? グラスゴー商会のメンツは丸つぶれです。これはもう、あちらさんには命でもって償ってもらわねば落とし前はつきません。違いますか?」


「ち、違いません」


「ある程度までは金でなんとでもなります。責任は私が取ります。後のことは考えなくてもよろしい、ただちに私兵を総動員しなさい。これは戦争です、あちらさんが生きるか、こちらが生きるかのね」


 有無を言わさぬ会長の物言いに、最高幹部が「御意」と答えようとした時だった――、


「話はすべて聞かせてもらったぜ」


 いつの間にかその場にリュージがいた。

 逃げたゴロツキリーダーを尾行したリュージは、屋敷に忍び込むと気配を殺して潜んでいたのだ。


「な、いつの間に!?」

「いつからそこにいた……!」

「ひぃっ、お前はさっきの!?」


「まったく王宮御用達の御用商人ともあろう者が、商売敵を平然と暗殺しようとして。しかもそれが失敗したら正面から殴り込んで落とし前を付けさせるとか、もうそれカタギのやることじゃねえぞ?」


 リュージが呆れたように言った。


「こ、こいつだよ会長! こいつが例のめっぽう強い剣士だ!」


「ほぅ、お前がミカワ屋に雇われた用心棒か。見かけによらず、たいそうな凄腕だそうじゃないか。どうだい、向こうの5倍、いや10倍の報酬を用意しよう。こっちに付け」


 そんなリュージに、グラスゴー会長がニヤリと悪い笑みを浮かべて言った。


「ちょ、会長!? こいつは俺の手下を50人以上殺した奴なんすよ!?」


「馬鹿野郎、だからじゃないかい。こんな手練れを放っておく手はないでしょう。で、どうだい黒ずくめの剣士くん、過去は水に流してうちの用心棒にならないかい?」


「悪いが俺はミカワ屋の用心棒じゃあないんでね。だからその話は乗りようがないな。さっきのは単に俺の用事のついでで、一方的に手を貸しただけなんだ」


「一方的に手を貸しただと?」


「昔、ちょっとした縁があったんだよ」


 リュージは昔、パウロの仕事場にお使いに行ったときにサブリナ=ミカワと少しだけ話したことがあった。


 パウロにも負けず劣らずの実直で優しい『できるお姉さん』の姿に、リュージはいたく感心したものだった。

 もしかしたら淡い初恋のようなものを感じていたのかもしれない。


 もちろん今となっては全てが遠い昔話だが。


「昔の縁だと? そんなもののために、天下のグラスゴー商会にケンカを売ったというのかい? 常軌を逸しておるな」


「俺の頭のネジが飛んでるのは自分が一番わかってるさ。それよりここからが俺の本題だ。7年前の件についてグラスゴー会長、あんたに聞きたいことがある」


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