第4話 パマナ独立運動
人付き合いがうまいというのは、人を許せるということだ。
ロバート・リー・フロスト
(アメリカの詩人)
「やれやれ、せっかく卵から雛をかえしたというのに、育てる手間を惜しみましたな」
そう言って、美しい銀髪の女性がコーヒーを口に運ぶ。その姿は女神のように美しい。その何の感情も映さない、ガラスのような碧い瞳を見なければだが・・・。
「そう言われると、面目次第もありませんな。ティクレティウスCEO」
サラマンダーエアサービスはかつて太平洋と大西洋とを結ぶ重要な運河であるパマナ運河の利権を守るため、依頼によって親米派の大統領に協力し、軍治顧問として国家警備隊の訓練に協力したことがあった。即興の編成であり、もちろん倫理観念や人道的対応などかけらも教えてはいない。それは契約外の事だった。
ただし、サービスとして親合衆国政権を維持し、利権を維持するためには、飴が必要であるという旨の報告書を提出していた。
だが、合衆国は飴を出し渋りすぎた。おかげで国家警備隊はパマナ国民にとって強硬な姿勢をとらざるを得ず、遂に親合衆国の大統領が暗殺されてしまった。
さらに、パマナの国旗を掲げるのを合衆国の人間が拒否したのを発端に起きた、反合衆国運動で合衆国軍はパマナ人学生を殺してしまう。
この事により、国交断絶まで行ってしまった。合衆国の得られる利権と比較して、ほんのわずかな飴を惜しんだ挙句がこれである。
ティクレティウスはサービスで書いた報告書ではあるが、何度も、それこそ何度もその危険性について触れていた。
「まあ、私の考えが理解していただけないのは慣れておりますので」
まったく、パマナの人口を考えたら与える飴などわずかなものである。合衆国の1つの州にも満たないのだから。
それに所得が増え購買力が上がれば合衆国の製品も買ってくれるだろう。この経済の結びつきを強くすることが双方Win-Winの関係を築くことに他ならない。
暴力ですべてを解決しようなどとは、まるでガキ大将だ。確かにそのおかげで自分の会社のPMC部門に需要が出るのだが、ただすでに投資会社の利益も馬鹿にならない金額になっている。ターシャとしては投資部門に軸足を移したかった。全く、上は市場原理が分かっていない、とターシャは嘆いていた。
「ご心中お察しいたします。まことに心苦しいことではありますが、お力をお借りしたい」
全く、なんで私がいまさらこんなことを、ともう老人ともいうべき年になってるジョン・ドゥは考える。もう局長でもないただの、とまではいわないが立場としては民間人である。それがこの化物と話ができるということで引っ張り出されてしまった。自分は
なぜ、皆化物に逆らおうとするのか、それが理解できない。やはり一度ブラディ・バスでのお迎えが必要なのだろうか。
ただ幸運なことに、思ったほど化物の機嫌は悪くなかった。それが、新たに餌をねだる猛獣と同じにジョン・ドゥには思えてならなかった。
「それで、今度はどの様な条件で?」
そうターシャは、ジョン・ドゥに聞く。単なるビジネスの条件を聞いたのだが、ジョン・ドゥは以前の経験から、生殺与奪権をどこまでもらえるのか聞いている、と解釈してしまう。
「今回はクーデターに極秘裏に協力していただきます。表向きは反合衆国派ですが、クーデターが成功した暁には交渉することを約束してくれたトリスホという将軍がいます。ティクレティウスCEOには、合衆国が協力していることを悟られることなく、クーデターを成功裏に導いてほしいのです」
言外に表には出てくれるな、との意味を込める。職業柄、人の死には慣れたつもりだが、目の前の化物に依頼するときは、どうしても人を猛獣の餌に差し出しているような罪悪感を感じてならない。
「ふむ、すると合衆国人の部隊ではまずいですな。移民してきた旧帝国人の部隊を使っても?」
ターシャは頭の中で人員を選出する。任務の性質上やはり魔導士の部隊が望ましいが、ライヒ時代の部下は生き残りが少ない。作戦成功を確実にする為には、忌々しいが自分も行くしかないだろう。
一方、ジョン・ドゥはまだ血に飢えているのか、と考えていた。だが、幸いなことに餌を与え続ける限りこの猛獣は言うことを聞くのだ。そしてその餌は合衆国人ではない。
「それはティクレティウスCEOに一任します」
猛獣を鎖でつないで操ろうなどおこがましい。ジョン・ドゥはすべてをティクレティウスCEOに一任すること、という約束を大統領からこの任を受けるにあたりもぎ取っていた。その程度の交渉など、目の前の化物と話すことに比べたら、子供をあやすようなものだ。
パマナでのクーデターはあっさりと終わった。反体制派を弾圧していたトリスホ将軍が国家警備隊の全権を握り、クーデターに参加したためだ。トリスホ将軍に反抗する将校は、いつの間にか暗殺されており、その他の将官は何が起きているのか把握しきれていなかった。その為掌握に時間はかからなかった。トリスホ将軍の国家警備隊の全権掌握には謎が多いが、それはいまだに謎に包まれている。
一説によると旧帝国の軍人、それもライヒ復活の為に残された最精鋭の部隊の活躍があったとも言われているが、それを裏付ける証拠は各国のジャーナリストが探したが、何もでてこなかった。
トリスホ将軍はその後、ジミー・カッター合衆国大統領と新運河条約を結び、パマナ運河をめぐる事件は一旦の解決を見る。
しかし、それは長くは続かなかった。トリスホ将軍の乗っている飛行機が謎の事故を起こし、トリスホ将軍が死んだのだ。その後完全な反合衆国派の大統領が誕生し、遂には合衆国は軍事介入をせざるを得なくなってしまった。
幸運なことにその時ジョン・ドゥはすでにこの世にはいなかった。心から神に感謝しているに違いない、とその時のカンパニーの局長は局員に漏らしたということが、最近開示された議事録に残されているだけである。
後書き
いかがでしたでしょうか。面白いと思っていただけたら嬉しいです。
また他にも、同じペンネームでオリジナルの小説を、カクヨム様と小説家になろう様、両方で書いていますので、是非読んでいただけたらと思います。
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