ザラマンダーエアサービス活動記録
地水火風
第1話 半島戦争
目の前に無防備な兎が寝ているときに、襲わない飢えた狼がいると思いますか?
合衆国国防会議極秘資料 外部顧問の発言からの抜粋
「ともかくどうにかせねばならんのだ!」
もう老人に部類されるその白人男性は、テーブルに居並ぶ官僚や軍人たちに向かって言う。
勢力を拡大する秋津島、その拡大の阻止を目的として、植民地としていた半島を独立させた。各地でおこる植民地独立運動と同じでうまくいくものとばかり思っていた。連邦やシナ人民共和国との調整も済ませたと思っていた。現地からも問題なしとの返答を受け取っていた。
だが、現実はどうか、北緯38度線で区切られていた合衆国側の韓半島民国が連邦の支援を受けていた民主主義人民共和国に奇襲され、韓半島民国は連敗。もはや半島の一部をかろうじて維持しているに過ぎなかった。
「これでは秋津島の代わりに、我が合衆国が血を流しているようではないか!」
共産主義者を信用しすぎたのだ。勢力を拡大する秋津島に対する牽制として半島の独立に協力した。そのつけが回ってきたのである。
叫ぶ老人、合衆国の大統領に対して誰も言う言葉が見つからない。軍人たちの間では半島の陥落はもはや時間の問題で、秋津島をいかに共産主義者から守るかに思考が移っていた。
その中でただ一人、何の特徴もない普通の老人、会議に出席していながら、名簿には載っていないその人物が発言する。
「宜しければ、ある外部顧問を雇ってみることをお勧めしますよ」
一斉にテーブルを囲んでいる会議のメンバーが、その老人を睨む。それはこの会議のメンバーではどうにもならないと老人が言ったに等しいからだ。
「経歴は保証しますよ。合衆国空軍士官学校第一期主席で、実戦も豊富な人物ですよ」
老人はどことなく投げやりな口調で言う。まるでこの提案を承諾したら問題解決と言わんばかりだ。
「彼女か・・・」
空軍大将の小さな呟きがやけに会議室に響く。
「外部顧問などに責任とれるのかね」
大統領が老人に詰め寄る。
「うまくいかなかった時は、首にするなり死刑にするなりご自由に」
老人はむしろそうなることを望んでいるように言う。
「時間がない。他に意見がないなら、当面の処置として採用する。出席者は持ち帰って対策を練ってきたまえ」
大統領のセリフで会議が終わる。提案が採択された老人は喜色ではなく、やるせなさが漂ってきている。まるで、死刑台に向かう死刑囚の様だと大統領は思った。
「そろそろ来られるかと思ってましたよ」
そう言って、老人、カンパニーのジョン・ドゥ局長を迎えたのは、銀髪の美しい髪と碧眼そして異様なほど整った顔立ちをした女性だった。にっこりとほほ笑めばその辺の絵画師を夢中にさせそうなその美貌は、不機嫌そうでかえって恐怖を起こさせる。知らず知らずのうちに老人は胃のあたりを抑える。
「ティクレティウスCEOが、以前おしゃられていた通りの状況になりましたので・・・」
ティクレティウスCEOと言われた女性は、自分の言った通りになったと言われても、至極当然のような顔をしている。まるで足し算が出来たからなんだというような顔だ。
コーヒーを口に運び、その香りと味に満足しながらティクレティウスは言う
「報酬は?」
「言い値で」
ジョン・ドゥは直ぐに答える。これが法外な値段を請求されるのなら、付き合いを切る事が出来るのだが、彼女の提示額はいつもその状況において適切な値だった。
「他ならぬ、ジョン・ドゥ局長の頼みです。受けましょう」
「ではよろしくお願いします」
老人は気力を振り絞って微笑みを浮かべ握手をする。この化物め、どこまで予測していたんだ、と心の中で呻きながら。
「気を付け!」
壮年の恰幅のいい男性の掛け声とともに、一糸乱れぬ動きで整列する男たちは軍人。いや正確に言えば元軍人たちだ。今は民間のZASという航空会社の社員に過ぎない。しかし、並の軍人など歯牙にもかけない様な迫力が漂っていた。
隊員たちの前に置かれた壇上に若い女性が銀髪をたなびかせて、上がってくる。横にはそれよりも少し年上の美しい金髪の女性が並んでいる。
「社長訓示!」
もう一度先ほどの男性から号令がかかる
「さて諸君、フルメンバーで作戦を行うのは実に久し振りだ。この中によもや実戦も知らぬひよこ共に後れを取るようなものはいまいな」
ははははっと笑う声がする。
それも、ティクレティウスが手を挙げるとピタリと収まる。
「大変結構。さて今回はまたもや尻にからの付いたままのひよこどころか、下手したら卵の輸送だ。君たちにと取っては慣れたものだろうが慎重に扱いたまえ。何せ落としただけで死にかねんものばかりだからな」
ティクレティウスが周りを見渡すと、緊張しているものはおらず、さりとて油断しているものもいないのに満足する。
「では諸君作戦開始」
作戦はいたって簡単なものだった。敵の伸び切った補給線を叩く。具体的には大兵力を上陸させ敵を分断し、各個撃破する。但しそれが敵地のど真ん中で無ければだが・・・。
ティクレティウスことターニャはご機嫌だった。なにせ敵は油断してろくに準備もしていないことが分かっている。念のため偵察はしたが、魔導士の配備どころか、ろくに砲兵もいない。
敵の基地を射程内にとらえると大規模術式が展開される。敵に砲兵や魔導士がいたならよい的だろう。
「術式完了」
「コマンドリンク完了」
「ターゲット捕捉完了」
大規模術式が次第に完了していく。そしてついに
「放て!」
というターニャの声とともに、大量の魔力弾が仁川の民主主義人民共和国軍の基地へと向かっていく。着弾とともに大爆発が起き、まるでキノコのような雲ができる。
「さて諸君、後は合衆国いや、連合国軍の団体さんを引率だ」
全く民主主義人民共和国軍とやらは協商連合の失敗から何も学んでないらしい。というよりトーチカもないので協商連合の時よりかなり楽である。
「まさか、引率もできない奴はおるまいな。この程度の引率で怪我でもさせようものなら、輸送会社の社員として失格だぞ」
そう言って、ターニャは発破をかける。実際この程度の戦闘で手塩にかけた社員が失われるなど、相当な金額をもらわない限り大損害である。合衆国の出せる金額で許容できるとは思えない。いくらジョン・ドゥ局長が言い値で、と言っても実際はそうではないことをターニャは知っていた。そして、自分が考えている人的資源の価値と合衆国の考えている価値との差も認識していた。それゆえに社員の1人の死者も許容できなかった。まあ、自分たちの後ろについてくる団体さんについては、合衆国で考えてもらうとしよう、とは考えてたが。
次々と残敵を掃討していくZASの社員たち。そこには一片のためらいもない。そのようなものは東部であるいはラインの塹壕で腐りはてた。
こうして仁川上陸作戦は大成功に終わった。補給線を絶たれ、分断された民主主義人民共和国軍は敗戦に敗戦を重ね、一時期は統一寸前と言われた所から、ソールまで押し戻され、ついに陥落する。
太平洋方面の司令官であるマッカーシー元帥は執務室で上機嫌でティクレティウスを迎えていた。
「どうだね、半島の統一作戦にも参加してもらえないかね」
パイプをくゆらせながらマッカーシーは提案する。マッカーシーにとってもはや半島統一は目前であり、この作戦への参加はZASに追加報酬を払う為に提案したといってもいいものだった。だからティクレティウスの次の言葉におどろいた。
「半島統一などありえません。シナ人民共和国の国境近くに行ったとたん、シナ人民共和国軍から猛烈な反撃を食らうでしょう。ここで得た閣下の名声は地に落ちかねません」
「なに!」
元から少々強引な性格のマッカーシーにとって、好意で誘った作戦にケチをつけられるなど、あってはならぬことだった。
「ふん。所詮は今は民間人か。合衆国軍人の誇りも忘れたらしい」
「誇りで社員は養えませんので」
誇りとやらで社員が養われるのなら潰れる企業などありはしないだろう。それに誇りで勝てるならライヒとて負けることはなかっただろう。ターニャは理想的と認めた数少ない上司であり、連合国によって死刑にされた、ある老人の顔を頭に思い浮かべる。それと比べると目の前の元帥がひどく矮小な人物にしか見えなかった。
「では、とっとと国に帰って、国に金をねだりに行くんだな」
吐き捨てるようにマッカーシーは言う。
ティクレティウスCEOは隙のない綺麗な敬礼をすると、振り返ることなく執務室を去っていった。
その後、北上作戦が失敗し司令官どころかすべての役職を解任されたマッカーシーは、腹心ともいえる部下に対して、酒に酔った時こうつぶやいたという。
「俺は悪魔の言葉に乗らなかった。誇り高き合衆国軍人だからな。だが、世界は悪魔に味方した。いや、屈したんだ・・・。化物め・・・」
後書き
いかがでしたでしょうか。面白いと思っていただけたら嬉しいです。
また他にも、同じペンネームでオリジナルの小説を、カクヨム様と小説家になろう様、両方で書いていますので、是非読んでいただけたらと思います。
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