第38話「善良な市民を守るのが、私たち警察官の役目ですもの。」
後日──警察を退職した清澄は、署を訪れて今回の件を抗議したらしい。マスコミにも掛け合ったが「夢でも見たのだろう」と取り合ってもらえなかったようだ。
相当の根回しがあるのだろう──。
この件は、すぐに清澄が嘘つき者として闇に葬られることとなった。
後に清澄は逆恨みから警官を襲撃し、怪我を負わせたということであったが、本当だろうか。口封じに逮捕をされて、刑務所に入れられたのではないかと勘繰ってしまう。
傷を負って警察病院に入院していた綾咲も、結構な大金を積まれて他言しないように釘を刺されたものである。
別に誰にも言うつもりなどなかった。
きっと、他言すれば清澄と同じ様な目に合わされることであろう。
警察組織と関係のない綾咲が、今回のイベントに参加させられたのはたまたまであった。たまたま一般人枠として拉致され、強制的に参加させられた。
──予め真実を伝えると、生徒たちに情報を漏洩させられる恐れがあるから──また、演技と見抜かれる可能性があったから──という言い分が、綾咲に事情を説明していなかった理由であるらしい。
──まぁ、綾咲にしてみればなんでも良かった。
たまたま参加したイベントに、たまたま親友で疎遠になったマコが居た──。非人道的な扱いを行なう警察組織とはこれ以上、関わり合いにはなりたくなかったが、マコと再会できたことは嬉しかった。
傷も回復し、病院を退院した綾咲は、道を歩きながらマコのことを考えていた──。
「マコ……どうしているかしらね……」
一人では何もすることのできないマコのことである。今もきっと辛い思いをしているに違いない。
途中で離脱してしまったので、結局最後がどうなったのか、綾咲は知らなかった。清澄以外はみんな影に隠れてしまって、まるで何事もなかったかのようである。そもそも初めから関わり合いのなかった人間たちだ。何処で何をしているのか、綾咲に知る由もない。
ふと綾咲は、停車している車の運転手と話をする制服姿の婦警の姿が目に入った。
「マコっ!?」
声を上げながら近付いた。
紛れもなくそれは──マコである。
綾咲が近付くと、マコも綾咲に気が付いたようだ。
「綾咲ちゃん。良かった……。元気になったのね」
マコは運転手から目を離し、綾咲に笑顔を送った。
「あ、あの……でも、よろしいんですか? 免許証も見せないで?」
恐る恐る、運転手が言った。どうやらマコは業務中のようだ。不味い時に話し掛けてしまったものだと、綾咲は反省したものだ。
「ええ。皆さんの、警察官ですから」
ニコリと微笑み、マコは違反車両を見逃すつもりらしい。
──運転手はペコリと会釈するとエンジンを掛け、アクセルをふかしてその場を走り去ってしまった。
「え……いいの? マコちゃん……」
「うん。私たちの役目は、善良な市民を守ることですもの」
その笑みに、綾咲は背筋に冷たいものを感じたものだ。
綾咲が知っているマコは、もうそこには居ない。──なんだかそんな気がした。
これは、マコではない。国民のためにただ職務を真っ当している一警察官なのだ。
「変わっちゃったわね、マコ……」
綾咲は悲しそうに呟くと、マコの横を通り過ぎた。
マコは一瞬驚いた顔になったが、そんな綾咲を見送って何も言わなかった。
トボトボと歩く綾咲──。
「泥棒よっ! 捕まえてっ!」
ふと、女性の悲鳴が聞こえた。
バッグを小脇に抱えた目指し帽の男が、ナイフを片手にこちらに向かって走って来ていた。
「お願いっ! 誰かぁー!」
後ろの方で、転んだ女性ガ声を張り上げていた。
──どうするべきか。
とは言え、相手はナイフを持っている。関わり合いになるべきではないだろう。
綾咲は道の端に避けたものである。
──ところが何を思ったのか、目指し帽の男は綾咲に近付いていった。
「邪魔だ! どけ!」
避けたつもりが、逆に男の進行方向に踏み出してしまったのだろう。
男はナイフの刃を綾咲に向かって振り下ろした。
また刺されるのか──。
この時の綾咲は無感情であった。
振り下ろされるナイフが、ゆっくりとスローモーションに見えた。
刺される──。
その間際、誰かが綾咲の前に立ち塞がった。
──グサッ!
「ちぃっ!」
目指し帽の男は、舌打ちをしてそのまま走り去ってしまう。
綾咲は無傷であった。
しかし──。
「ま、マコッ!?」
綾咲を庇い、代わりに前に立ち塞がったのはマコであった。
マコは胸から血を流し、口からも血が出ていた。
辛そうに横たわりながらマコは安堵の表情を浮かべたものである。
「良かった……。綾咲ちゃんが無事で、良かった……」
ようやく何時ものマコが帰って来た。
そんな喜びから綾咲は涙を流し、マコの手を握った──。
「綾咲が辛い思いをするなんて堪えられないよ……」
ニコリと、マコは笑った。
「何でよ……何で、私を庇ったのよ……!」
綾咲は叫んだ。
マコは手を伸ばし、指で綾咲の涙を拭いた。
そして、消え入るような声でボソリと呟いたのだった。
「だって……善良な市民を守るのが、私たち警察官の役目ですもの。市民のために犠牲になれただなんて、こんなに嬉しいことはないわ。……ありがとうね、綾咲ちゃん……」
フフフッと、マコは笑ったものである。
綾咲は背筋に冷たいものを感じた。
──ふと顔を上げると、いつの間にか周りを制服警官たちに取り囲まれていた。
制服警官たちは一斉にパチパチと拍手を始めた。
「おめでとう御座います!」
「貴方こそ、警察官の鏡です!」
「素晴らしい警察官です!」
──ピーポーピーポー!
救急車のサイレンが近付いてくる間、制服警官たちの拍手は止まなかった。みんなが市民のために身を犠牲にしたマコを称え、尊敬の眼差しを送ったのであった。
「……さような、マコちゃん……」
もう二度と、振り返ることはない──。
綾咲は顔を伏せ、マコを到着した救急隊員に預けると、その場に背を向けて歩き出したのであった。
闇送りは誰にでも 霜月ふたご @simotuki_hutago
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