第3話「虚偽通報は犯罪ですっ!」
『百十番……こちらは警察です……』
足達が無線機を操作すると、スピーカー越しに声が聞こえてきた。
連絡が取れたことにみんなは安堵したが、足達だけは顔を顰めている。何か不審に思うことがあったのだろう。
「百十番だと……? これは、電話じゃないんだぞ」
ボソリと呟いた足達の言葉に、マコはハッとなった。確かにこれは携帯電話などではないのだが──果たして、無線機で電話を掛けることなどできるのだろうか。
不思議そうな顔をしながらも足達は無線機に向かって話した。
「こちら、浅橋警察署の足達警部補だ。現在、見知らぬ建物の中に警官複数名と囚われた状態にあるので応援を要請したいのだが……」
無線機口の相手からすれば、足達が突拍子もないことを言っているので困惑するだろう。反応が気になって、マコは耳を済ませたものだ。なかなか信用できるはなしではないはずである。
それなのに、通信相手は『分かりました。すぐに手配を致します』とすんなりと足達の言葉を受け入れてくれた。
足達が顔を上げてホッとしたように目配せをしたので、マコも胸を撫で下ろしたものだ。これで助けが到着するのも時間の問題であろう。
「大丈夫だ。すぐに助けが来てくれるみたいだから、みんなも安心してくれ!」
足達が部屋の中の同期生たちの顔を見回す。希望が見え、みんなの表情は明るくなった。
──ガタンッ! バタバタバタッ!
突如、扉の外で慌ただしい物音が聞こえて来た。何人かのドタドタという足音が、遠くからこちらに向かって近付いてくる。
「ま、まさか……犯人に連絡を取っていることがバレたんじゃ……」
同期生の一人が不安を口にする。
自分たちを監禁した犯人に外部と連絡を取っていることが気付かれて、それを止めるためにこちらに向かって来ているのでは──。
マコの顔から血の気が引いた。
凶悪犯からどんな制裁を加えられるか、分かったものではない。
足達も急いで無線機の電源を切って懐に隠した。
──ガサガサガサッ!
どんどん音が近付いてくる。
──ガチャッ!
やがて扉がドンと開いて、部屋の中に三人の男たちが雪崩れ込んで来た。勢いでつんのめった男たちの格好を見て、マコは目を瞬いたものである。
──彼らは警察官の制服に袖を通し、帽子まで被っていた。
警察官が助けに来てくれた──彼らを見たマコは、安堵の息を吐いたものである。
「応援が来てくれたんですねー」
何処かも分かぬ場所に閉じ込められて不安だったが、こうしてすぐに助けが来てくれたので安心した。
足達も前に出て、彼らに向かって敬礼をする。
「ご苦労! 桟橋署の足達警部補だ。来てくれて感謝する!」
ところが、三人の警察官たちは俯いたままの体勢であった。失礼にも、足達に敬礼を返そうともしない。しかも、自分よりも階級が高い者の労いの言葉を無視するなど無礼千番である。
これには温和な足達も、心なしか顔を引き攣らせている。
「なぁ……」と、同僚の一人である間石がそっとマコに囁いてきた。
「助けが来たにしては、早すぎないか? さっき連絡を取ったばかりなのに……」
「それは……確かに、そうだけれど……」
間石の言葉に、マコはハッとなった。
確かに、居場所を特定するのにも時間が掛かりそうなものなのに、彼らは数分も経たずにこうして現場へと駆け付けてきた。
──そんなことが可能なのか──?
マコは制服警官たちに疑うような目を向け、距離を取るようにジリジリと後退った。
マコだけではない。不審な制服警官を前に、みんなは徐々に後ろへと下がって行ったのであった。
それでも、誰かがやり取りをしなければならないので、警戒しつつも足達はその場に留まっていた。
パッと、警官たちが顔を上げる。
「なっ!?」
警官たちの顔を見た足達が、思わず驚きの声を上げる──。
──狐のお面。
──猿のお面。
──猫のお面。
彼らは、太い糸で接合された継ぎ接ぎだらけのお面をそれぞれ被っていた。
「ひいっ!」
薄気味悪い彼らの格好に、マコも身を震えてしまう。
『悪い奴は誰ですか?』
「……えっ?」
狐のお面が言ったので、足達は困惑したような顔になった。マコも質問の意図が分からず、後ろで首を傾げてしまった。
「犯人は何処に居るか分からないよ。まだ向こうから何らアプローチをしてきていないからね」
足達は一応、目の前の面の連中を警官扱いしているらしい。『悪い奴』と言われて、咄嗟に自分たちを閉じ込めた犯人のことを思ったらしい。
だが制服警官たちはその答えに納得いかないようだ。苛立って、お面の中でカチカチと歯を鳴らしている。
『悪い奴は誰ですか? 虚偽通報であれば罰則を与えますよ』
『刑を下すことになります』と、猿のお面と猫のお面が交互に言う。
しかし、お面たちが言わんとしていることは足達には伝わっていないようである。
「何を言っているんだね? 我々は誰かに閉じ込められてしまったが、それが誰なのかはまだ分からんよ」
足達が肩を竦めるが、警察官たちの満足のいく答えはできていないようである。
『我々の仕事は、悪人を成敗することです。犯人を上げて下さい』
「成敗?」
言葉のニュアンスの違いであろうか。
別に罪人を裁くのは法であり、警察官の仕事ではない。警察に携わっている人間が口にするような言葉とは思えなかった。
不満げな足達の顔に、警官たちは声を張り上げた。
『虚偽通報は犯罪です!』
ヒートアップする彼らを宥めるように、足達は尋ねる。
「君たちは何処の署の者だね? そうカッカせずに落ち着きなさい」
それを聞き出して足達はどうするつもりなのだろうか。後々、上にでも報告する気なのかもしれない。
それ程までに、制服警官の思想は警察組織の理念から逸脱していた。
『通報されたのは……貴方でしたよね?』
警官たちは足達の質問を無視して、別の質問を返す。
より一層、足達の顔の皺が深くなった。制服警官の態度は明らかに失礼極まりないものであった。
「連絡は……ああ、そうだ。私が取ったよ」
ムスッとした表情になった足達だが腹を立てていても話が進まないので、制服警官の質問に答える。
足達は深く溜息を吐いて俯いた。
「……どうだ? これで満足か?」
足達が顔を上げ、再び視線を制服警官へと向ける。
──そんな足達の目、警官が棍棒を振り上げている姿が写った。
「あっ!?」
だが、状況を脳が理解するのにはもう少し時間が必要であった。
その間に無防備な状態である足達を、警官たちは棍棒で殴りつけた。
『虚偽通報は犯罪ですっ! いたずらにぃ〜っ、警察を、おちょくるなぁーよっ!』
──ドカッ!
──バキッ!
──ドスッ!
怒声を上げながら何度も足達の体を殴打していく警察官たち──。
彼らが手にしているのは警棒ではなく棍棒である。ところどころに釘が刺さった凶悪な凶器である。
それに殴打された足達の皮膚は裂け、周囲に血飛沫が上がった。
「きゃぁあぁあああっ!」
マコは悲鳴を上げてしまう。
「ちょ、ちょっと! 何しているんですか!?」
果敢にも、間石が仲裁に入ろうと声を上げながら進み寄る。警官たちは手を止めてギロリと間石のことを睨みつけた。
間石は足を止めて、体を震わせてしまう。警官たちがホルスターから拳銃を取り出して、それを間石の額に向けたのだ。
『公務を妨害するのであれば、貴方も極刑に処しますよ』
「うっ……」
間石は両手を挙げると、ゆっくりと後退った。
警察官たちは本気のようである。もしも、足達を助ける為にもう一歩でも前に動いたなら彼らは躊躇なく引き金を引くであろう。
他の同期生たちも拳銃の登場に、迂闊に動くことができなくなってしまった。ただ、目の前で足達が一方的に殴打され続ける様を、黙って見ていることしかできなかった。
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