20-1 三つ巴と和平と贈呈品
赤竜と火の勇者カイゼルの戦闘は終始、赤竜が優勢。
その余波が流れ込む場で膠着状態にあった僕ら三人と地の勇者側にも動きがあった。
「だぁれが勇者と手を組むかぁっ!!」
びりびりと鼓膜を震わせるほどの声をテアが上げる。
その怒りが火力に反映されているのだろう。
闇でできた刃が津波のようにエリノアに殺到し、次々と起爆した。
けれども彼女は地面から岩盤や金属を引きずり出し、器用に防御する。
勇者の膨大な魔力圧もあり、手傷を追わせるには至らない。
「おいおいおい。雌犬、お前のその火力はなかなか高いじゃないか。まあ、カイゼルと比較すれば多少器用にやっている程度で見劣りするが。そら、上手く避けなきゃ死ぬぞ?」
エリノアが見えない水面でも払うように手を振ると、地面が吹き飛んだ。
しかもそれで噴き出された土砂は空中で突如動きを止め、地面と挟み込むように叩き落ちてくるのだから恐ろしい。
まるで地面が大きな顎を閉じるかのようだ。
「こういう力で何人も殺しているくせに、何を今さらぁっ!?」
「喚くな。逸りすぎだぞ、てめえ――」
「阻害します。
「ふはっ! 他人の魔法にこうも簡単に干渉するか!」
テアは炎の魔法を跳躍補助として、閉じる地面からなんとか逃げ出した。
彼女を補助するべく走り出したアイオーンがエリノアの追撃を僅かに停滞させたことによってテアは逃げ延びる。
多少の負傷は無視で迫る猟犬と、その手綱を握る猟師のような連携だ。
そして、彼女らとは十字砲火をする立ち位置で僕はドワーフから入手した金属塊を魔法で呼び寄せる。
「火力調整、大丈夫かな……。《焼夷弾》」
金属塊に魔法を込め、時空魔法の斥力によって撃ち出す。
錬金術師はホムンクルスやエリクサー、賢者の石などの製造のほか、化学反応を制御する魔法をよく使う。
例えば、錆びた金属を綺麗な金属に戻したり、真逆に錆びさせたり。
空気に触れた金属が錆びる――要するに、物質を空気と混ぜ合わせたり、引き剥がしたりする魔法があるわけだ。
可燃性のアルコールや油だって適度に空気と混ぜ合わせて燃やすと、普通に燃焼させるのと桁違いの熱を発する。
アイオーンに言わせると、テルミット反応や燃料気化爆弾、焼夷弾と呼ばれるものに関連する魔法らしい。
放ってみるとどうだ。
赤竜の息吹に勝るとも劣らない爆発が生じる。
けれどもこれで仕留められるとは思っていない。
爆煙に紛れてしまった範囲を《空間走査》で調べ、後退したと思われるエリノアに追撃を放っておいた。
僕視点からすれば連鎖的に地面が噴火しているようにさえ思えてくる。
『盟友か。人並みに外れた技を持つものよ』
自身の破壊力に並ぶものを見て、ようやくこちらに少し意識が向いた様子だ。
場は改めて僕ら三人と赤竜、カイゼルとエリノアという二つに分けられた。
「くっ……。エリ、ノア。何を遊んでいるっ!?」
「ああん? 遊んでなんかいねえよ。少年たちがやり手なだけだ。お前も竜を喚んだあの精緻な魔法を見ただろう? 柔よく剛を制す。まさにそんな具合だ」
「バカを言うな。貴様ッ、それでも聖杯から力を授かりし者か!?」
カイゼルはふらついていた。
右腕の出血はすでに焼いて止めたようだが、これだけ激しく運動しているのだ。
炭化するまで焼こうが、傷口から溢れ出るものがある。
自身も状態の危うさに気づいているのだろう。
しかしエリノアはそんな焦燥に付き合わなかった。
「少なくともオレは金属にあの魔法を掛ける技量はない。人間の精緻さの限界を超えている。だからこそ少年と角の女はオレの研究対象だ。カイゼル、危害を加えるなら殺す」
「……この深手で、それを気に掛ける余裕など、ない」
「あーあー、知っているとも。その傷、今すぐ手当てしても危ういよなあ? しかし、逃がしちゃくれねえだろ。……仕方ない。和平を申し入れてみよう」
エリノアは腕を組んで息を吐く。
するとカイゼルはカッと目を見開いた。
「ふざ――」
「脳みそ筋肉か、クソ猿が。対案なく吠えるな。虫唾が走る。それとも何かな? オレは全てをお前に任せて静観してもいいのか? そこに何も期待ができないから言っているんだが?」
「協力して竜を屠れば、やりようはある……!」
「はいはい。じゃあそれは第二案だ」
カイゼルとエリノアは性格が噛み合わないらしい。
僕はそれを見つめながらテアとアイオーンの様子を確かめる。
「二人は無事?」
「まだ全然いける。でも、なかなか届かないのが悔しい」
「問題ありません」
涼やかなアイオーンに反し、テアはエンジンがかかったままだ。
爆炎を突っ切ったりとかなり無茶をする彼女だが、アイオーンが近くでフォローしてくれる限りは大丈夫だろう。
むしろ、近接戦を挑んでいなければエリノアがどれだけ強大な魔法を放ってきたかもわからない。
今こうして前衛と後衛で組まれそうな瞬間の方が危ういくらいだ。
「うんうん、三つ巴の膠着状態だ。では、この場を制する鍵である少年に聞こう! オレと手を組まないかな?」
『……なんだと?』
友好的に放たれるエリノアの言葉に、赤竜は反応した。
勇者にのみ向いていた魔力の圧がこちらにも向く。
きっと、人間同士で裏がないかと勘繰り始めたのだろう。
本当に胃が痛くなる緊張感だ。
今まさに三つ巴にされたと言っていい。
「ふふっ、簡単な損得勘定だ。彼らは獣人領の勢力。砂界の住人である赤竜と手を組む理由は何か? 勇者を殺せる戦力の提供と、砂界の緑化という将来投資の二点だ。勝るとも劣らない価値を提示できるなら、オレとだって手を組んでいいだろう?」
くふふとエリノアが歪んだ笑みを浮かべると、赤竜からの熱量は弱まった。
また激昂することが恐ろしかったけれど、三竦み状態で維持された。
《時の権能》に加え、竜の息吹にも劣らない先程の《焼夷弾》が対立するに値する勢力だと意識づけてくれたのかもしれない。
ここは気張りどころだ。
テアとアイオーンの二人の肩に手を置く。
返ってくる頷きを見て深呼吸をし――
「エル、大丈夫。私も支えるよ」
緊張で震えかけていた手をテアが握ってくれた。
「赤竜さん。獣人領には僕が命を懸けて救いたかった人たちがいます。数百年と奪われ続けだった歴史を覆すチャンスがあるなら、逃せません」
『……汝は聡い。密かに乗り換え、事を成してしまえばいいものを。敢えて口にするのは誠意ゆえか』
「もう一つあります。あなたの対になる青竜の行方について調べるのも、勇者側の情報があった方がいいはずです」
『あやつの行方か。それが定かでなければ我の価値も減じる。一理あろうな』
赤竜は驚くほど冷静に捉えてくれた。
彼と邪神が組んでくれるだけで勇者を倒せる可能性は大きく上がる。
人間領から聖杯を奪ってしまえたら砂界を緑化する必要もない。
だが、竜はいつ激昂するともわからないのでリスキーだ。
半面、エリノアはどうだろう。
こちらの技術に興味を持っている以上、裏切りの可能性は低いかもしれない。
彼女が本気になっていれば殺されていた状況だって何度かあった。
勇者仲間にも興味を持っていない様子の彼女なら、平気で仲間を売ってくれるかもしれない。
石橋を叩いて渡るなら、彼女と手を組んだ方が得るものは大きい。
固唾を飲む長い間を挟んだ後、竜は口を開いた。
『我と対峙した勇者の首を寄越せ。話はそれからだ』
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