19-1 仕込みは十分。勝てない勝負を勝ちにいきましょう
ドワーフの地下集落から北方に位置する村々が消えていたこと。
その位置関係や人口規模などを考えてみれば次にどこが襲われるのか予測するのは難しくなかった。
そして、いざ勇者が現れてこの爆発だ。
木造家屋が中心の村なんて余波だけで半分は吹き飛ぶ。
大して力を込めていないだろうに、こんな威力なんてやはり赤竜並みだ。
飲食店の壁に隠れていた僕も空気が孕む熱気にたまらず後退した。
村の各所には爆炎をやり過ごすための装備を置いてある。
この飲食店もカウンターには鉄板を仕込んでいたため、店主役は見事にやり過ごせたらしい。
「く、くそぉっ。こんな仕事なんて死刑と同じじゃねえかっ!? この人殺し野郎がぁぁぁーっ!」
走って逃げていくのは砂界で罪を犯し、死刑になる予定だった人間だ。
ホムンクルスだって生きているし、作って間に合わせる時間もない。
となれば本来の住人と犯罪者を入れ替えるのが手っ取り早かった。
「もう少し演技が上手かったらもっと確実に仕留められたかもしれないのに。……まあ、手応えはあったからいいかな。《
爆煙が晴れるのを悠長に待つ気はない。
相手は一瞬にしてこの村を焼却できる勇者だ。
ほんの少し魔法に力を込める時間を許すだけで僕らは負ける。
単純な魔力量の差は十倍以上。
こちらは相手の虚を突き、相手の攻撃は全て直撃を避ける。
それができなければ一瞬で負ける戦力差だ。
「《斥力投射》」
ドワーフに打ってもらった魔剣、魔槍の数々を宙に浮かべ、それを斥力によって一斉投射する。
だが――。
「おのれっ。よもや私がこのような失態をっ!?」
パンッと衝撃波のようなものが広がり、爆煙も魔剣も全て弾いた。
「うわぁ。魔力圧を高めるだけで全部防いじゃうかぁ……」
魔剣がその威力を発する寸前だったとはいえ、僕は苦笑いでさらに距離を取る。
声を上げたのは火の勇者カイゼルだ。
彼は右腕を欠損し、片膝をついていた。
微生物だって微弱な魔法を使うことがある。
例えば寒い場所で熱を発したり、真逆だったり。
そういう能力を持った酵母や乳酸菌で体を温めたりする飲み物を作ることがある。
なら、もう少し工夫をすればいい。
魔法を阻害する術式を持つ細菌を作り、それ培養し、あの食堂内にバラまいておく。
特殊な術式をもった浮遊細菌が満ちた空間だ。
そこに魔力を通すだけで魔法の発動を阻害する空間の出来上がりという仕組みだった。
結果、勇者の魔法は手元で爆発し、重傷を負ってくれた。
数分間、戦闘を長引かせるだけで彼は勝手に死ぬだろう。
もう一人、地の勇者エリノアは無傷だ。
けれども驚きの表情で固まっており、戦意はまだ見えない。
研究特化した人物で、こうした事態に対応できないなら僥倖だ。
「畳みかければ勝機が見えてきた……!」
作戦通りに進み、僕は笑みを作る。
「ほざけ――」
「イオン、テア。頼んだよ」
「《加重歪曲》」
カイゼルの反撃に先んじ、僕のもとに駆け付けたアイオーンが重力魔法を放つ。
黒い魔力の力場内に囚われた物体は様々な方向にひしゃげ、引き千切れていった。
熱や衝撃は魔力で防げても、磁力や重力の作用までは打ち消せないのでカイゼルとエリノアの二人は避けるほかない。
「影槍・炎帝!」
そして、別の場所に隠れていたテアは、勇者二人が避けた方向に向けてさらに魔法を放つ。
彼女が全力で振るった攻撃も防御態勢に入った勇者を崩すには至らないが、時間は稼げた。
「アイオーン、演算補助。赤竜を喚ぶよ」
「かしこまりました」
道具を収納する亜空間はアクセスしやすいが空気もないし、重力も乱れた場だ。
とてもではないが生物が待機できる場ではない。
離れた場を繋ぐなんて下準備をしてもなお人の手に余る御業だ。
一国の魔術師団が全力を尽くせば可能かもしれないが、はっきり言って普通はコストが見合わない。
現に勇者たちすら、移動は普通の手段を取っている。
だが、《時の権能》の補助があればそれほどの無理ではないし、この援軍はリスクを負うに足る質を有していた。
多重の魔法陣が空中に展開し、座標を確定。
異なり場所を無理やりに繋げる道を開ける。
『おお、おお……。真に盟約が果たされるか!』
「なっ――!?」
道が開いた瞬間、紅い閃光が火の勇者ごと地面を払った。
光が舐めた物は尽く融解し、一瞬遅れて引き込まれる空気によって一気に炎上、爆発する。
次元の裂け目から這いずり出た竜は高々と咆哮を上げ、周囲に猛烈な熱波を撒き散らした。
「……馬鹿な!? あの神獣が動いているだと。何がどうなっているっ!?」
勇者にしてみれば驚愕だろう。
なにせ赤竜は異空間に幽閉されていた。
それを察知するなんて普通はありえないし、カギがなければ結界内に入ることなんてできない。
しかも、そこに横たわっていた竜は治癒魔法では言えないはずの傷を負っていた。
極めつけが次元を繋ぐという人外の技だ。
カイゼルは片手で剣を握り、なんとか閃光の直撃を防いだものの、激流に飲まれたように弾き飛ばされる。
『我が盟友よ。まずはあれを屠る。巻き込まれてくれるなよ』
「何度も言いますけど、全力の攻撃が僕らに向かわないようにだけお願いします!」
『保証しかねる』
「ううっ」
竜が踏み出す一歩と共に地面が灼熱するし、その目は火の勇者を凝視するばかりだ。
大きな咆哮を上げながら突っ込んでいったし、きっともう何も見えていない。
僕は重く息を吐きつつ、残るエリノアに目を向ける。
彼女はもう驚きから我に返ってしまった様子だ。
しかし、戦闘態勢でもない。
興奮で頬を赤らめ、口元を緩めてこちらを見つめている。
それと同時、魔力の圧が高まった。
赤竜とまさに同等。
熱波という物理変化は感じられなくとも、周囲のがれきがカタカタと震え、宙に浮きだすほどの影響を周囲に及ぼしている。
魔力容量にはやはり大人と子供ほどの差はあるが、勝機はある。
何も僕らが彼女を打ち負かす必要はない。
僕らは火の勇者が失血で衰弱し、竜に討たれるまで凌げばいいだけだ。
僕とアイオーン、テアの三人がかりなら分が悪い賭けではない。
さあ、こちらも戦闘開始だ。
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