18-2 Side勇者 綴るも知覚するも険しき精緻の世界
飛竜なんて前時代の乗り物だ。
何故なら風を掴んで浮くより、力で無理に飛ぶ生物なので揺れが激しい。
そんなものより神獣に植えつけた魔石を燃料に重力制御、空力を操作して飛ぶ飛行艇の方が何倍も快適である。
「普通であれば私かあなたで竜を駆り、道中休み休み行くところですが。ともすれば宮廷並みに快適ですね」
「ふん。それこそオレが求める真理と猪武者の差だ。もっとも、エルフやドワーフ以上の魔法精度でもない限り、大差はねえと思うが」
飛空艇内のソファーにどっぷりと寄りかかったエリノアは息を吐く。
操縦も身の回りの世話も専任のホムンクルスが従事しているため、二人は店で茶を嗜むようにしていればじきに目的地だ。
「あなたが追い求める理論はわかりませんが、こうしてもてなされると幼い時に剣術で打ち負かされた経験を思い出します」
「はん、剣術なんかと一緒にするな。暴力は所詮、体格だ。デカいやつになんとか対抗するための小細工で、同じ技量ならデカい方が勝つ。まさに獣人と勇者の構図だ」
「あれらは聖杯を狙う獣。我らが培った歴史に勝るはずがない」
「はいはい、カイゼル坊や。思考停止はよそでやれ。今はオレが喋っている」
僅か五つかそこら上なだけだ。
まだ互いに体力が衰える歳ではないので子供扱いできるほどの差はない。
それどころかインドア派のエリノアの方が日焼けをしていないので若く見える。
もっとも、彼女に忠実なホムンクルスしかいないので指摘の声はなかった。
「お前、砂で城を作ったことはあるか?」
「まだ子供扱いを続けるおつもりですか?」
「真理の話だ。魔法を働かせるための術式は、大きすぎると破綻する。だから大きな術式を組むにはそれを補強する術式が必要になる。だが、それでも書き込める限界量が出てくる」
こうした落ち着いた講釈にはやはり貫禄が出る。
カイゼルが眉間に刻んでいた皺はあっという間に消え去った。
「ならばどうするかと言えば、術式をより細かく精緻に書く。または、それを代替でおこなう術式を組む。だが、それでも限界が来るわけだ。それが人間の魔法の限界値。エルフやドワーフよりも浅い」
「一長一短だとは聞きますが……」
「そうだな。魔法精度と言っても、エルフは誤差を知覚する感覚、ドワーフは精緻に書くのが得意で、同年齢なら人間の方が魔力容量が上だ。だからこそ、実験をしてその壁を乗り越えなければいけない。――目指すは神造遺物。綴るも知覚するも険しき精緻の世界だ」
エリノアはちょいちょいと手で招く。
それに従って傍にかしずいたのはホムンクルスの一体だ。
「美しかろう? 見た目だけじゃなく、性能美もある。オレがこの体を持っていたら、もっと高みに行ける」
ぐいと抱き寄せたエリノアはホムンクルスの肌に手を添わせた。
くびれた腹を撫で、膨らんだ胸を揉む。
残る片手は顔を撫で、口の中に指まで突っ込んでいたがホムンクルスは無抵抗に受け入れている。
何もおかしくはない。ホムンクルスは製造者の所有物。
剣の柄を撫で、刀身に惚れ込むのと同じだ。
女性の身から、女性の身に乗り換えようと考えていることも含め、順当な姿だった。
「マスター、小規模な集落が見えます。塩田への食糧供給庫や行商の中継地かと推測されます」
「それはちょうどいい。そういうのはいくら消えてもまた作られるからな」
くくくと口元を緩めたエリノアは手元のホムンクルスを放して立ち上がる。
「それで、今回はどのような形で試すのですか?」
「あのトカゲにぶっ刺しているように神経に魔石を打ち込んで魔法の制御や身体感覚の全てを奪うのが目標だ。術式効率は悪いが、オレの魔力容量なら可能かもしれない。まったく。勇者が馬鹿どもでなかったらもっと別の手段も取れただろうに……」
やれやれと息を吐いたエリノアはカイゼルと共に船外に出た。
いつもと変わらない。
飛空艇を目の前に下ろしては騒がれて面倒なので二人で集落に赴き、適当に実験をしていく。
そして実験に勘付かれてうるさくなったら集落を土に沈めてしまえばいい。
やかましくはなるが、地面から頭さえ出ていれば適当に実験をしてしまえる。
甲板に置かれた金属板に二人が乗ると、それは宙に浮いて村の付近に着陸した。
人口数十。家畜がその倍といったところか。
「そうだな、まずはそこの家にでも行くか」
「構いません。しばらくはあなたの自由です」
よそ者が来たなどと注目も集めていないなら好都合だ。
手近な家のドアを開け、中に入る。
「あん? こりゃあ、店だったか。チンケだからわからなかった」
部屋には卓が四つ並んでおり、奥にカウンターもある。
おあつらえ向きに中年の男が立っており、ぎょっとした顔を向けていた。
「い、いらっしゃい。なんだ、旅人さんか? へへっ、昼には早ぇじゃねえか。しかし、なんだ。何か食っていくかい?」
「――……」
呼びかけられてもエリノアは無反応だった。
男の顔をじっと見つめ、周囲を見回す。
「……怪しい。怪しいよなぁ、おい。なんで顔が引きつっている? 大根役者か」
あまりにもお粗末だ、と眉間を押さえた。
「ここのところ何度も続けた。地元の連中もバカじゃあねえだろ。トカゲのクソ穴には魔物の死骸を。実験は帰り道にでもしよう。おい、カイゼル。この村はもういい。適当にやれ」
「承知」
この村自体にこだわらなければいけない理由は微塵もない。
と、判断した瞬間、窓から一本の矢が飛んできた。
無論、そんなものは脅威でもない。
カイゼルは魔力の圧を高めただけでそれを吹き飛ばした。
視線だけで消し飛ぶ程度の代物である。
「ふん、壁の向こうに獣人領の将軍クラスの魔力か。圧がここまでひりひり届く。しかし、思い切りの割に対処が甘すぎる。歴史はちゃんとお勉強したか? 勇者を殺すなら毒殺、爆殺を不意打ちでやれ。ほんの数人の間抜けはそれで殺せたって話があるだろう?」
エリノアは暢気に言葉を漏らしていた。
なにせもう勝負は決まっている。
部屋にはもう煌々とした光が満ちていた。カイゼルが剣に纏わせた炎の熱が溢れている。
これが振るわれれば集落は焼き消えて終わり。
炎を直に向けられれば将軍クラスであれ、重傷は免れない。
「――
時空魔法の使い手だったのだろうか。
最後の足掻きだろうと、今から術式構築をしていては確実に間に合わない。
次の瞬間、炎が炸裂し、その場にいたものは吹き飛ぶのだった。
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