3-3 蘇生のアフターケアも必要です

 冒険者は金属名でランク分けをしており、二階級ごとにS、A、Bなどと分類している。


 金と銀ならAとB級の混成。

 数々の試練もこなし、二つ名と共に所属ギルド以外にも名前が売れ始めた中堅以上の手合いだ。


 アイオーンは女召喚士を引きずったまま、地面に転がった男たちの生首を拾ってくれる。


「まずは異物が入らないように傷口を洗って、お次は《解析》。さらに《傀儡の糸》で位置の固定をして、最後に《原形回帰》だね。よし、気合を入れよう」


 断ち切った筋組織、神経など寸分違わない位置にすり合わせる精密作業だ。


 治癒魔法はあくまで身体機能の促進なのでこんな傷は癒しきれない。


 神経や骨は再生速度が遅いので繋がりきらないのが一点。

 さらに切断はまだしも打撲などで損傷が多いほど自己治癒力は働きにくくなる。


 そういった条件がかさむほど、無駄な瘢痕化と癒着、自己消化、さらには雑菌の増殖を引き起こして肉塊と化してしまう。


 けれども、《時の権能》を利用して状態の復元を試みれば話は変わる。


 他の魔法とは比較にならない多重魔法陣が周囲に展開するとともに、傷の回帰が始まった。


 中枢神経、血管、筋組織――それらが徐々に結合するのを《解析》で確認し、アイオーンが頷いてくれるのを確かめて術式展開を終了する。


「うわぁ。この人たち、酷い顔になっちゃって……」


 無事を確認して覗いてみる。

 男二人は白目を剥いて完全に意識が途絶えたままだ。


「首が切断された際の神経断絶と出血で血圧が大いに乱れたようです。心臓は自動能があるのでこれから血圧を保てれば生存可能かと。酷い顔なのは落ちた頭部が地面を転がったせいで酷い脳震盪を起こしているからですね」

「あ、なるほど。倒し方が悪かったね。蘇生をするにしても、血圧を維持する輸液と薬は早々に確保しないと大変かも」


 実験してよかった。

 早々に次の改善点が見つかる。


 あとは頭部が転がった際に脳内出血でもしていて死なれたら困りそうなくらいだろうか。


 けれど、手持ちに手頃な治療薬がないので仕方がない。

 倒し方と蘇生、それぞれの練習台となっただけ及第点だ。


「あ、あのっ、こちらは黒狗様ですか!? 中央の方がどうして……!?」


 戻ってきた馬車の御者がテアを見て驚いている。


 彼女は人間側で言えばSランク――勇者に次いでアダマンタイト級と呼ばれる第二位の冒険者並みの実力者だ。


 見るも麗しい犬っ娘に見えて、将軍直属として地方に出張ることもあるエリート的存在だったりもする。

 驚かれるのは無理もない。


「うあっ!? えっとね、それは……」

「すみません、いろいろありまして! それより護衛さんにも負傷者がいたね!?」


 何気なく事情を話そうとするテアにはすれ違いざまにお口チャックを命じておく。

 邪神復活は勇者を襲来させるかもしれない要素なので国家機密だ。


 僕は即座に護衛に駆け寄った。


 敵の矢を左肩の付け根に受け、失血で気を失ったらしい。

 手当もなく馬の荷物同然で走っていたせいで顔色は悪く、息も早い。


「し、しっかりしろ……!? くっ……。街までは遠いし、この傷では治癒魔法ではもう手の施しようが……」


 治癒魔法は縫合した傷の治癒になら役立つが、戦場で使えるものではないのだ。


 護衛仲間は矢を抜かず、傷回りを包帯で縛り上げて止血しようとしているが、心臓からの大血管が傷ついているようで止血効果が薄い。


 けれど――。


「ちょっとどいてください。大丈夫。切り傷なら楽な方です。矢は……毒も錆びもない。好都合だね」


 矢を丁寧に抜き去ったあとは先程と同じく癒す。

 こちらの方が大きな血管と筋肉を繋げるくらいなので楽ではある。


 ただし、そもそもの消費魔力がバカにならない。

 六人の将軍を凌ぐ魔力量の僕でも、あと数度使ったら倒れそうだ。


「……ふう。お仲間さん、この人が目を覚ましたら塩と果汁を溶かした水を無理しない程度にあげていって。そうすれば持ち直せると思います」

「えっ。今の膨大な魔力で無事に治癒を……!?」

「いや、傷を繋いだだけです」


 力を注げば注ぐだけ自然な治癒とは遠ざかるのが治癒魔法の常識。


 しかし、傷は確かになくなって困惑しているようだった。


「あの冒険者たちは高位ですし、その処遇もあります。まずは誰にも話さず、防衛のお偉いさんに報告して指示を仰いでください。あいつらの身柄引き渡しの報奨金や装備品は皆さんでどうぞ分配を。では」


 各都市部の防衛トップなら将軍からのお達しも行き届いているはず。

 護衛もその一部ではあるのでこう言えば下手な対処はしない。


 ましてや“黒狗”と驚きと共にテアの二つ名を呼んだ相手だ。

 それが肩を貸す僕のことも重い存在として受け止めてくれたと思う。


 冒険者を無力化して引き渡したところで、僕らは再び飛竜に乗り、国外追放の旅路に戻るのだった。

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