3-2 略奪冒険者と蘇生実験

 そして、交代という結果なのか、アイオーンも僕の膝の上を位置取った。


 まあ、毛嫌いすることでもないし、吹き付ける風は堪える。

 引っ付いている方がむしろ利口なくらいだと思う。


 彼女は技術の粋を集めて作られたホムンクルスだ。


 しかも獣人領の生まれなので敢えて獣人としての要素が加わっている。


 基本素体は獣竜種の竜人らしく、弧を描いた鋭角に、ふさふさの毛が覆う平べったい尾が特徴的だった。


「折角の機会なのでマスターが習得されている魔法の最適化を図りましょう」

「そうだね。いつ使い時が来るかわからないし」


 僕が得意とする属性は火、闇、毒、そして治癒や重力だ。


 追加で習得している錬金術や時空魔法はそういった属性を活かす流派や加工法とでも言えばいい。


 アイオーンは手を握ってくる。

 そうすることで僕が試行する魔法の数々を制御して整えては次へ。


 そんな作業を繰り返していたところ、ふと気付いた。


「そういえば時空魔法って重力制御みたいな直接的な効果のほかに、魔法の発動速度調整や誘導操作って形で術式の基礎に組み込まれているよね?」

「はい。時空魔法の運用はあくまで能力の一端。正確には全ての魔法の演算と処理を可能とします。出力さえ追いつけば、この世界の時すら制御するほどに。故に《時の権能》を拝命しました。時や永劫を司る神の名は私としても誇らしい贈り物です。しかし――」


「ん。なにか嫌だった?」

「道具はその機能を行使してこそ意味があります。当機能を十全に活かせる担い手こそ得難い贈り物でした。今後の躍進を思うと昂ぶります」


 滅私奉公が染みついた侍従を思わせてきた彼女は、こう呟く今だけ肌を上気させる。


 その尾がしゅるしゅると僕に巻きつき、頭を撫でていることに気づいているだろうか。


 そんな空気を察したのか、テアの耳と尾がピンと立った。


「エル! あそこを見て。馬車が襲われてる。多分、冒険者!」


 違った。

 浮気センサーが動いたわけではなかったらしい。


「そっか。ここは国境付近だから……!」


 人間領との国境線は険しい地形で隔てられている。


 そのほかにも、錬金術で改良した食人植物を大量に植えた魔の森に、人間を見張る狩人を配置して侵入を防いでいた。


 けれど有力な冒険者ともなるとそれを突破し、各地で略奪をすることがある。


「馬車を先頭に、負傷した仲間を抱えた護衛の馬が続いているね。相手は三人。これはあまり持たなそうか」


 ここまでやってくる冒険者を撃退するに十分な兵士は貴重だ。

 大抵は国境警備など、もっと別の場所に配置されている。


 だから戦力の劣る護衛が撤退しながら時間を稼ぎ、都市部からの救援を期待するのが常套手段だ。


 人間は男戦士と男弓手、女召喚士という組み合わせをしている。


 召喚獣にそれぞれ跨り、宙には魔法攻撃を放つ鳥も見えた。

 馬車から弓を射ったり、護衛が防御障壁を張ったりしているが今にも瓦解しそうだ。


「テア、お先に!」

「ああっ、エル!? 危ないことは私が……もうっ!」


 僕は先んじて跳躍態勢を取った。


「《斥力投射》、あとは《衝撃吸収》。最後に――」


 僕はこれから必要になる術式を展開していく。


 まずは現場への直行だ。


 アイオーンを抱えたまま跳躍した瞬間、反発の術式が発動する。

 それによって一気に加速し、渦中に飛び込んだ。


 地面に激突するその瞬間に発動するのはもう一つの術式。

 それによって慣性の力は霧散し、無傷で着地できる。


「っ!? 加勢だと!?」

「《次元断裂》」


 冒険者がぎょっとしたところで放つのは、一定空間そのものを切り裂く魔法だ。


 僕の存在を視認するや、即座に構えるほどの冒険者も防御不能の魔法をぶつけられれば堪らない。

 先頭二人の首は、構えた武器ごと地面に落ちる。


「マスター。こちらも終わりました。一応、生け捕りです」

「がはっ……」


 召喚士の方はアイオーンが対処してくれた。


 彼女は勢いを殺さずに飛び込み、そのまま召喚士の首根っこを掴むと召喚獣ごと叩き潰して止めたらしい。

 獲物を狩った猟犬のように首を掴まえて掲げてくる。


 大きな竜の尾が揺れているのでご褒美を期待しているのが密かに見えた。


「うん、ありがとう。言わないでもやってくれて助かったよ」


 そうして受け答えをしていると、女召喚士の少女は意識を取り戻してきた。


 彼女は冒険者の死体に焦点を合わせると、息を飲む。


「せ、先輩……!? うっ、うそ。そんなっ……」

「ひとまず武装解除をさせておきます」

「いやっ。待って!? 痛ぅっ!?」


 女召喚士の耳には杖と同じく魔法の触媒になるピアスが刺さっていた。

 それを手早くむしったり、折れた腕から装飾品を奪ったりとアイオーンは手心を加えない。


 立て続けの状況に、反撃の手札をどんどん奪われていく状況だ。


 呪文を唱える隙もないとなると、彼女はもうただの少女でしかない。


「たっ、たすけて! 何でもします! わ、私には貧しい家族がいて、いい稼ぎがあるからって先輩に誘われただけで――」


 少女は縋りつくように手を伸ばしてくる。


「ごめんなさい。やっていることはやっておいてその弁明はないと思う。それに、僕は裁判官でもない。そういう主張と交渉は別のところでしてもらわないと」

「そんなっ。獣人に捕まったら殺されるって……。おねがい、見捨てな――」

「マスターにこれ以上の問答を求めないでください」


 人相が悪い少女ではないし、同じ人間として心は痛む。


 けれど、相手は獣人の命を奪う山賊と同じ。

 防衛陣は人間側の情報も必要としているだろうし、それを妨げるほどの理由にはならない。

 

 有力な情報を提供したり、償いの何かができるなら酌量の余地もあると思う。


 アイオーンが強く首を絞めたことによって少女の意識は落ちた。

 彼女の表情は絶望色に染まっていたが、これ以上目に写さずに済んでよかった。


「影槍・炎精!」


 遅れていたテアもやってきた。


 討ち漏らしの召喚獣二頭と一匹は空から降ってきた影の槍によって串刺しにされ、直後、焼き尽くされる。


 状況は終了だ。

 逃げていた馬車は手を振って合図するテアを見て戻ってくる。


「さて。冒険者は金二人に、女の人が銀か。捕虜にすれば情報を活かせるかもだし、蘇生の実験もしてみようか」

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