伊達政宗、隻眼の覇者は伊達じゃない その肆参

 寺に行くと言っても今日は遅いから朝になってから行く。となると今日は宿屋で一泊することになる。宿屋で夜を明かすならば星空の観測がしたい。藤堂は高純度の鉄について研究しているから手が離せず、仁和は周囲の警戒をしている。すると星空の観測は俺がするしかない。

 星空の観測に必要な道具は持ってきていないが、仁和が小象限儀を持ってきていた。宿屋の店員に星空のよく見える場所を尋ねるとすぐ近くの丘が良いと言われたので、小象限儀を大切に持って早速丘へ向かった。

 丘に立って空を見上げると、そこには前世で見たプラネタリウムさながらの無数の星が小さく輝いていた。いつも米沢城から見上げていたが、場所が変わるだけで景色が百八十度変わるとは。

 久々に興奮しつつ北極星を探し、小象限儀を使って高度を測る。それが終わると観測結果を元に、六分儀によって割り出した時刻よりも正確な時刻を得た。

「現在は午後十時くらいか。寝るにはまだ早いな」

 何たって今日は仕事がないんだ。前世のように夜通し遊びまくってやるぜ。ああ懐かしいな。前世はほとんど休みなく教師の仕事をしていたから唯一と楽しみと言えば夜に飲む酒だった。今日も酒を飲みまくってやる。

 そういえば前世で一番楽しかった休暇は沖縄の一人旅行だと記憶しているが、何歳の時に行ったんだっけ? 死ぬまで独り身だったからわからねぇや。

 まあ、沖縄ではいろいろと美味しい料理を食ったり楽しかった。それに海で泳いでいたら浜辺にヤドカリがいたから、帰してやろうと海に投げるなどの慈善活動もした。その後若い観光客にすごく怒られた。

 あとで知ったことだが、浜辺にいたオカヤドカリという種類のヤドカリは泳げないらしい。しかも天然記念物。つまり俺は知らず知らずのうちに天然記念物を殺していたのだ。嫌なことを思い出したな。いい年して青年に怒られるとはな。

「......早く宿に帰ろう。自分がみじめに思えてきた」

 きびすを返して丘を下りていくと、中途で背後から襲われた。俺はそれにやや遅れて反応したため、避けるのに精一杯で小象限儀を落としてしまった。

「おい貴様、仁和から借りていた小象限儀を落としたじゃないか。壊れたらどうするんだよ。高性能な小象限儀を手に入れるための特注品だぞ!」

「へ!? あ、すみませ──」

 俺は怒りに任せて襲ってきた奴を蹴り飛ばすと、肉付きが悪かったようで軽く吹っ飛ばされていった。吹っ飛んで木に直撃して気絶したので、俺はそいつの手荷物を漁った。

「キリスト教の手先ってわけではないな。俺らと同じ異端思想の持ち主だ」

 キリスト教にくみしていなくても俺を襲ったのは事実だ。こいつはちょっと危険だぞ。起きる前に拘束しておいた方が良さそうだ。

 地面に押さえつけてフードを取ると、それはそれは美少年だった。何かムカついたので頭を拳で強く殴って起こした。

「あ、あれ!?」

「あれ、じゃねーよ。何でテメェは急に襲ってきたんだ?」

「っその件はすみません。ですが伊達政宗公は体術に優れていると聞いていたので、あなたが本人かどうか確かめるためについ」

「おいコラ、そんなくだらん理由で小象限儀はぶっ壊れたのか!?」

「べ、弁償します!」

「弁償してもらうのは嬉しいんだがな、あの小象限儀を壊すと俺は仁和に怒られるんだよ。壊した小象限儀は仁和愛用のものでな」

「では僕がその小象限儀の持ち主へ謝りに行きます!」

「その前に話したいことがある」

「何でしょうか?」

「お前も異端者だよな? なぜ俺に接触を図ったんだよ」

「それはもちろん、キリシタン宗と戦うためです。あなた方は異端思想を持ち、キリシタン宗と戦うそうですので」

「志願兵、と受け取って良いのか?」

「はい!」

「どんな分野に精通している?」

「天体などですかね。あとは欧州の錬金術を少々」

「錬金術か。薬とか金属とかにくわしいってことなのか?」

「そうなります」

「よし、仲間になれ。お前はなかなか使えそうだ。細身のくせに少し胸板も厚いから強くなりそうだしな」

「む、胸板!?」

「どうしたんだ? 胸板がどうかしたか?」

「あの、僕、男じゃなくて女です」

 美少年ではなく美少女なのか。一人称は''僕''なのに女ということは、こいつは世に言う僕っか。僕っ娘は何気に初めて見るかも。

「おい僕っ娘、名前は?」

「僕は柏木かしわぎけい。母が日本人で、父はイタリア人の錬金術師でした」

「だから錬金術を出来るのか」

「ええ。両親は異端思想家だとして目の前で殺され、僕は父が書き記した錬金術の本を持って逃げ出しました」

「年齢は?」

「十六歳です」

 ハーフで錬金術で両親とは死別。身寄りもなく逃げていたわけか。若いのに苦労したんだな。

「んじゃ着いてこい。仁和には俺が説明する。後々、お前の錬金術の腕を見せてもらうぞ」

「わかりました!」

 慧は何度もうなずいていた。俺は壊れた小象限儀を片手に宿屋まで行き、壊れてしまった理由を仁和に話した。少し怒っていたが、慧に錬金術の知識があると知って機嫌が直ったので九死に一生を得た。

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