伊達政宗、隻眼の覇者は伊達じゃない その弐陸

 さて。どう逃げ切るのか、などの一通りの話し合いを終えた俺達は部屋で旅館の料理を食べ始めていた。

 久々に食べる現代日本の高級料理だ。味わって食べなくてはならない。

「うまいな」柳生師範の口から、ポロッと本音がこぼれ出た。「普通にうまい!」

 この料理の味、絶対に忘れないことにした。戦国時代に戻ってしまえば、もう二度と食べることは出来なくなるかもしれない。

 愛華は味噌汁をすすりながら俺に顔を向けた。「そういえばあんた......名坂は体術と剣術以外に、例えば弓術とかは出来ないの?」

「弓か。残念ながら弓は専門分野ではないな。仲間に弓の扱いに長けた遠藤っていう奴がいるんだが、そいつからコツを教わった程度だ。素人に毛が生えたも同然の腕しかないんじゃないかな」

 弓は得意ではない。狙いがうまく定まらないし、射るために力を必要とする。現代の弓道くらいならば出来るが、戦で弓を使うとなると的との距離が離れすぎていて俺では正確に射られない。

「その遠藤って人も強いの?」

「体術と剣術はまだそこそこだけど、弓に関しては右に出る者はいない。みなもとの為朝ためともっていう源氏の英傑がいたんだが、そいつはバスケをやれよってくらい長身なんだよ。確か二センチメートルはあったな。んで為朝は弓の名手だった。しかも驚くことに弓を前に出して持つ左腕が右腕より十二センチメートルくらい長いんだよ。遠藤もそれと同様に、片腕だけが少し長くなっている」

「弓を射るために生まれてきたみたいだね」

「まったくだろ? 俺も同感だ。ああいうのを天からの恵みって言うんだろうな。その代わりに遠藤は真面目過ぎる性格だから周りと馴染めていない。まさに天は二物を与えず、だ」

「それを言ったら、私からしたら名坂だってうらやましいよ」

「何でだ?」

「本気の父さんにずるせず勝っちゃう人なんて初めて見た」

「なるほど」

「名坂は隻眼だし、柳生十兵衛じゅうべえみたいだよね。剣術も強いしさ」

「柳生十兵衛なんて言われたのは初めてだ。というか愛華達の上の名前も柳生だが、何か関係でもあるのか?」

「それがまったく関係ないんだよ。剣道をやっていて名前も柳生だから、その血筋の者なんじゃないかって言われることはあるけど。しかもそれが原因で私の通う学校で柳生新陰流が流行っちゃうし」

「ち、近頃の若い奴は随分とユニークだな」

「え? 名坂も若いでしょ?」

 やべぇ。現代に戻って来ても体は伊達政宗のままだから、俺も若者の中に入るんだ。

「俺を含めてって意味だよ」

 料理を食べ終えると、俺の考え出した作戦を二人に話した。最悪の場合はアマテラスに何とかしてもらう予定だ。これが俺の切り札なのだ。

『結局は他力本願ではないか。我に頼らずに逃げ切られることを願ってるよ』

 わかっている。出来るだけは頑張るが、俺の運に期待しない方が良い。俺には運が味方をしてくれた経験があまりないからな。

『かわいそうな奴だ』

「はあ」

 アマテラスを相手にするのが疲れたので、横になって少し休憩をした。そしていつの間にか眠りに就いていて、次に立ち上がった時には明け方だった。

「ふう。寝ていたのか」

 肩の力を抜いて二人が寝ていることを確認すると、起こさないように意識しながら椅子に腰を下ろした。

 ライターや爆竹などの火薬に類するものを懐に入れると、包帯を手に巻いた。催涙剤は各自携帯、拳銃を袖に忍ばせた。真剣は鞘に収めてカバンへ押し込み、準備は完了した。

「二人とも起きてください! そろそろ出る準備を始めましょう」

「名坂少年、あと少し......少し待ってくれ」

「私もぉ」

 無理矢理起こしても俺の得にはならないし、この旅館を発つまでには数時間ほど残っている。起こすのは後回しにしよう。

「あいつらが持っていた拳銃は無煙火薬な上にサイレンサー付きだ。俺達を本気で殺しに来ている──だよな、アマテラス?」

『間違ってはいない。強いて言うならば、奴らが殺そうとしているのは政宗を守ろうとする奴だけだ』

「どゆこと?」

『奴ら歴史改変計画の実行役は政宗ほどの強者を欲している。貴様を仲間にしようと考えているようだから、奴らに政宗が捕まったとしても殺される心配には及ばない。江渡弥平が政宗を未来に送ったのは、未来にいる江渡弥平の仲間達に政宗を回収させるためのようだし』

「じゃあ尚更、二人を守らなくてはならないということか」

『あの二人はお前と知り合って日が浅いのだろ? 見捨てれば良かろうに』

「お前は本当に神なのか? 悪魔にしか見えないが」

『クロークとかいう魔人に説明されていたではないか。悪魔というのはだな──』

「ストップ。その話しは絶対に長くなるだろ」

『その通り』

「じゃあ駄目だ。長い話しは聞きたくない」

『そうか。ならばお経を読み上げてやろう。なあに、お経は全てマスターしている』

「お経を読むのは仏(神)ではなく坊さんだろーがっ!」

 アマテラスとの会話で落ち着きを取り戻すと、冷静に今の状況を分析した。この部屋を取り囲む集団がいるな。江渡弥平の一味だろう。逃げ道は皆無だ。

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