伊達政宗、隻眼の覇者は伊達じゃない その拾肆

 真壁いわくずる賢いため注意が必要な鐵、そして単純な戦闘力では右に出る者がいないという御影。どちらか一人が敵にいたら逃げろと言われているが、二人とも江渡弥平側であり退路も断たれているこの状況でどうするべきか......。

 ある程度は江渡弥平の情報を引き出しつつ、透明化などの反則技で逃げるスキをうかがってみよう。

 御影は単純な戦闘力ならば右に出る者はいないらしいが、左に出る者はいるかもしれないしな。バカそうだし。

「俺は伊達氏の当主である政宗だ。江渡弥平を倒すために乗り込んできたことはわかっているな?」

「へえー」すると目の前にいる鐵がニヤリと笑みを浮かべた。「恭賀きょうが──君には鼬鼠殺しと名乗っていたね──は確かに猛毒を君に飲ませたと言っていたが、どうやって助かった?」

 鼬鼠殺しはこいつらには恭賀と名乗っているのか。もっとも、恭賀という名前も本名かどうかは定かではないが。

「鼬鼠殺しは確かに俺の口に猛毒を流し込んで、喉を強く押して飲み込ませた。それでも生きている俺をお前は政宗の影武者ではないかと疑っているのか?」

「そういうことだ。恭賀から聞いた政宗の容姿と似てはいるが、影武者の可能性は否めないからね。君が影武者ではない証拠があるならば、少しは話してみようとも思うよ」

 つまり、俺が影武者ではないことを証明しないと江渡弥平の企みや何から何までの情報が引き出せないわけか。ならこいつらの前で猛毒を飲み込んでみせて、毒に耐性があることを見せてやろう。

「俺は毒に対しての耐性を手に入れていたから死なずにすんだ。それを証明するにはここで猛毒を舐めるかする必要がある。君達、猛毒の塗られた矢か針か何かを持っていないか?」

「それならば」鐵は小さな針を取り出した。「針の先に猛毒を塗ってある。耐性を持たない者が舐めれば即死するからね」

 俺は毒針を受け取り、針先を舐めた。舌の先が切れて血が出たが、即死するレベルの猛毒を舐めても大丈夫だということを証明した。

「なるほど、毒耐性を身につけていたから死ななかったわけか。良い考えだ。君が考えたのかい?」

「江渡弥平の昔の部下、仁和凪は知っているか? 彼女の案なんだ」

「仁和か。そいつの話しはボスから聞いているよ。何でも、かなり頭が良くて博識のようじゃないか」

「そうなんだよ。仁和は今は軍配士として伊達氏にくみしている」

「裏切り、か」

 今ここでこいつらから引き出すべき情報は何か、慎重にふるいに掛ける。そして、もっとも引き出すべき情報──それは魔術師についてである。

「さっき俺が倒した魔術師だが、奴が病を完治させる力を持っているというのは本当なのか? というか、噂に聞く魔術師とは随分違うようだが」

 俺が調べた情報によると、魔術師は天然痘だけでなく様々な病気を治す力を持っている、と人々が口を揃えて言っていた。それを目撃した者もいれば、風の噂として耳に入れた者もいた。中には魔術師に病気を治してもらったという者もいたが、そのほとんどは魔術師には対人戦闘にも秀でていたと言う。

 先ほど俺が倒した自称魔術師は対人戦闘の心得はあったものの、秀でているとまでは言えない。天然痘などの不治の病が伝染しないように感染者を殺して焼却しようとした者を返り討ちにしたという話しまであった魔術師だ。それがあれほど弱いわけがない。

「想定よりも君は頭が良いし、素晴らしい情報網を持っているようだ。ボスが君を警戒する理由を垣間見た気がする。噂にあった魔術師は、君がさっき倒した奴じゃあないよ」

「じゃあ、本物の魔術師は!?」

「僕らさ。陰陽師の僕と御影。僕らが魔術を使って患者の病気を完治してあげた。医師ですら見限った重い病を患った人を、ね」

 陰陽師だから魔術が使える、ということなのだろうか。非科学的なことはあまり信じられないが、実際に俺が神力を使っているからな......。どうするべきか。

「君達が使う魔術について、少しばかりで良いから教えてくれないか?」

 そうしたら鐵は御影の方を向き、何度か頭を振って合図を取り合った。

「御影も良いみたいだし、君には我々が使った魔術・奇術の類いの仕掛けを教えてあげよう。んで、君はサル痘って知ってる?」

「ああ、一応知っている。天然痘とは近い種類のウイルスによって引き起こされるのがサル痘で、症状も天然痘に近いと仁和から聞いている。サル痘と天然痘の治療に使うワクチンは同じで......

「お、気付いたようだな。天然痘感染者に有効なワクチンを買っていたらお金の無駄なのは当然のことだ。それが例え、信頼を得るためであっても。ただし、サル痘はお前の言った通り天然痘より死亡率は高くないんだ。サル痘のウイルスをばら撒いて感染した奴のところに行って治療をする演技をし、治ったら治ったで魔術のお陰だと言い、治らなかったらそれまでだ。それが魔術の正体」

「テメェ! 人の命を何だと思ってんだ!?」

「は? いずれ死ぬ奴に無駄な金なんて使えるかよ」

 怒りにまかせて俺は鐵を殴ろうと拳を握ったが、急に力が抜けて床に倒れた。

「もう効き始めたか」

「ど、どういうことだ!」

「お前が舐めた毒針には睡眠薬などその他諸々の薬も塗られていた。毒耐性にも限界があるから、かなり強烈な物を舐めればお前でも気絶するだろうとは思って準備していた。お前が毒耐性を得ようとするのは想定の範疇はんちゅうだ。舐めさせるのを針にしたのも、舌を切りやすくするため。毒物や薬物は血とともに体中を巡った方が効きやすいからな」

 やられた。鐵がずる賢いことは知っていたが、まさかここまで先を見越して入念な計画を立てていたとは。仁和と同等、いやそれ以上の策士だ。鼬鼠殺しが俺を殺せないということも、事前にわかっていたのだろう。

 そして俺は気を失った。鐵と御影は気を失った俺の体を束縛そくばくし、江渡弥平の元へ運ぼうと動いた。

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