伊達輝宗、走馬灯を見るのは伊達じゃない その漆

 俺は伊達輝宗。前世は二十一世紀を生きる底辺家庭教師・重岡十吉。目の前には、前世で裏切ってしまった親友・井原甲太郎。これは......人生をやり直すチャンスだ! 俺は第二の人生で、どん底から這い上がってやる! 戦国時代は下剋上げこくじょうとも聞くからな。

 まずは親友との仲直りからだ。はて、どうすれば仲直りを出来るんだ? そう言えば、前世では盃を交わすと義兄弟になると耳に入れたな。よし、盃を交わしてみるか。

 酒を手に入れるのは容易たやすかった。家臣に酒をくれって言ったら、こころよく酒を渡された。本当に変わった時代だ。

 甲太郎を待たせている部屋に酒を運ぶと、盃に酒を注いで甲太郎の前に置く。

「飲もう」

「お、おう?」

 甲太郎は不思議に思っていたようだが、これで仲直りは出来たと思う。←バカ

 さて。俺は飲み干した盃を床に放った。「俺達が義兄弟なのは誰にも言うなよ」

「ああ、わかった」

 この時代の酒も悪くはない。そう考えながら、前世の親友との関係を修復した。

 それからはこの人生を少しでも良くするために頑張ったが、結局は息子に拳銃で頭を撃ち抜かれて死亡。あっけない終わりを迎えた。

「思い出したのですね」

 俺は流れ出す涙を必死で隠し、アーティネスに思い出したと伝える。

「それは良かったです。では、来世に送り出します」

「ちゃんと、裕福な家庭に転生させてくれよ。二十一世紀の日本で、親友も付けてくれ」

「承知しています」

 アーティネスによって、俺は第三の人生への第一歩を踏みだしたのだ。第三の人生こそは、絶望を味わうことのないものとしてやる。


 重岡十吉、もとい伊達輝宗を送り出したアーティネスは舌打ちをする。

「折角使える駒を手に入れるために、長い間に準備したのですが。名坂横久の方が有用そうですね」

 そんな独り言を吐いたアーティネスに、クスクスと笑いながらレイカーが近づいていった。

「どうしました、レイカー?」

「ハハハ。アーティネスは本当にえげつないよ。名坂君を手駒にするために牛丸とかいう奴を殺して、遺体をヘルリャフカの苗床にするだけでもかなりの度胸が必要なはずだが。あの重岡十吉に至っては、第一の人生の時からコツコツ準備をしていたとは」

「重岡十吉は被験体NO.1です。第一の人生の時から、少しずつ絶望を味わってもらうために試練を与え続けました。そして伊達輝宗に転生させ、私を重岡十吉の心の支えとさせる。

 ここまでは計画通りでした。ですが、井原甲太郎を戦国時代に転移させたのは失敗しました。これでは重岡十吉は手駒として扱えなくなる」

「だから」レイカーは剥き出しになった歯を手で覆って隠し、それでも笑いを続けた。「重岡十吉を処分したんだね?」

「ええ。これで邪魔者は消えました。存分に名坂横久を手駒として操ることが出来ます」

「面白いね。まさかに名坂君は『操り人形ゴーレム』ってわけだね」

「ゴーレム? いいえ、正確に言うならばです。間違えないでください」

「彼らには大切な人生であり、大切な世界でもある。ただ、アーティネスには彼らは代用可能な駒。彼らの世界はゲームの盤上ばんじょうでしかないんだね」

 アーティネスは首を傾げる。「そういうものですよね? 人間は私達神に操られるために存在していると言っても語弊ごへいにはなりません。事実なので」

「ま、言い得て妙だ。彼らの人生は僕達からしたら一つの物語ストーリーに過ぎない。このおきてを変えるには、掟を生み出した先代の太陽神を倒すしかない」

 先代の太陽神。つまり、現在太陽神であるアマテラスの父親だ。アーティネスからすると祖父である。

 先代の太陽神は死んではいない。隠居に似たようなことをしている。先代太陽神を倒せれば、このルールも根底から崩れ去る。しかし、先代太陽神はアマテラスよりも強く、魔王ですら倒せるかどうか。

 アーティネスは三途の川の状況を確認する。

 レイカーは、そんなアーティネスを見て口を開く。「重岡十吉をアーティネスが素直に転生させるわけないよね。何せ、彼は捨て駒なんだから」

「閻魔大王に伝えました。重岡十吉は私の言うとおりに動かなかったので、です」

 それを聞いたレイカーは、さすがに表情をくもらせた。そんなレイカーをよそに、アーティネスは次の捨て駒となり得る人間を探すために『人間名簿』に目を通した。

「仕事熱心は悪いことじゃない。ただ、やり過ぎは良くないとだけ言っておくよ」

「忠告ありがとうございます、レイカー」

「心にも思っていないことは、口に出さない方が良いようだ。アーティネスは嘘が下手だからね。では僕はそろそろ退出する。気分が悪くなった気がするから」

「好きなだけみにくい人間のいる下界の空気を吸い込むと良いでしょう。人間保守派のあなたには効くと思います」

「ハハハ。......そうしようか」

 レイカーは歯を食いしばった。拳を握りしめるが、アーティネスは次期太陽神の器。手を出すことは出来ない。出来ることと言えば、今みたいに皮肉を混ぜた会話を交えるのみ。自分のなさけなさを痛感したレイカーは、うつむきながらアーティネスの部屋をあとにした。

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