伊達輝宗、走馬灯を見るのは伊達じゃない その陸

 アーティネスのお陰で、俺が自殺した理由も甲太郎を裏切った理由も思い出した。ただ、あまり思い出したくない記憶だ。心臓が痛くなり、胸に手を当てた。

「思い出しましたね」

「ああ、完全に思い出した」

「いえ、まだ完全ではありません。死亡後の記憶も、鮮明せんめいに思い出していただかねばなりません」

「死亡後? ......確かに、記憶はないな」

「ええ。体に負荷を掛けて、また記憶を思い出させましょう。では」

「待てっ! 心の準備をさせろ」

「わかりました。もう十分を差し上げます」

 死亡後、つまり神界に来てから転生した後ということか。俺は会社の屋上から身を投げて死んだんだ。

「その前に聞きたいことがある」

「どうしました?」

「俺が死んだ後の秋山先輩や周囲の変化が知りたい」

「......あまり聞かない方が良いですよ」

「知りたいんだ」

 アーティネスは右手を挙げると、小型の薄っぺらいモニターが現れた。「このモニターに、あなたが前世で死んだ後の状況を映し出します」

「わかった」

 モニターは俺の目の前まで移動してきて、映像が流れる。その映像には、屋上から落ちて血を流して倒れている俺が映っていた。

 俺が落ちた瞬間を見た人々は、気持ち悪そうにその場を去って行った。通報するような奴は存在せず、心配そうに駆け寄ってくる人物もいない。これはかなり傷付く。

 ずっと待っていると、俺に駆け寄ってきた人物がいた。秋山先輩だ。

 秋山先輩は俺の脈を確認し、それから電話を掛けた。

「秋山先輩は誰に連絡しているんだ?」

「救急車を呼んでいます」

 良かった。秋山先輩は優しかった。そう思ってモニターを眺めていると、秋山先輩は俺の死体に向かって何かを言っていた。

「音声はないのか?」

「音声を出しましょう」

 音声が出てから、秋山先輩が俺に何を言ったのかわかった。秋山先輩は『やっと死んだか。足手まといの後輩がっ』と言っていた。目の前が真っ暗になる。

「だから知らない方が良いと言ったんですよ」

 先輩に裏切られたことに、俺は絶望し、肩の力が抜けた。アーティネスは、やれやれとため息をついた。

「俺の死に悲しんだ奴はいたのか?」

「いません」

「いない......のか」

 俺はもう一度飛び降りたい気持ちになったが、すでに二度目の人生でも死んで今に至っていたことに気付く。

「わかった。もうわかったから。体に負荷を掛けていいから、早く死亡後の記憶を思い出させてくれ」

 アーティネスが何かを唱えたら、また俺の体に激痛が走る。


 俺は死亡後、アーティネスと会ったんだ。そして、試練を与えられた。

「重岡十吉。あなたに試練を与えます。この試練を乗り越えることが出来れば、転生することが出来ます」

 転生。唐突過ぎる。ただ、重岡十吉の人生は酷すぎた。新たな人生をスタートするには、これしかない。

「その試練、受ける!」

「良いですね。では、試練の内容を説明します。井原甲太郎を裏切ったことをつぐなってください」

「甲太郎を裏切ったこと」

 俺はあいつを殴り飛ばしてしまった。償うのは当然のことだ。

「わかった。償う」

「では、償いのために強制的に伊達輝宗に転生させます」

「はぁ!? 伊達輝宗? 誰だよ!」

「伊達政宗の父親です」

 伊達政宗。そいつは知っている。伊達政宗は日本の戦国武将だ。

「戦国時代に行けってか!?」

「それが償いとなります」

「仕方ねぇ。やってやるよ。俺を伊達輝宗に転生させやがれ」

「では、転生の儀式を行います」

 アーティネスによって伊達輝宗に転生を果たした俺は、まず周囲の状況を見極めた。

 俺が転生して生まれてきた時代は天文13年(1544年)。父親は伊達晴宗はるむねという名前らしい。まったく知らない人物だ。生まれた場所は桑折こおり西山にしやまじょう陸奥国むつのくにという国に桑折西山城があるらしく、陸奥国はどうやら東北地方のことだということがわかった。

 母親は久保姫くぼひめ。俺は彦太郎ひこたろうと呼ばれている。輝宗に転生したはずなのにおかしい、と思ったら幼名とのこと。その後、総次郎そうじろうとも呼ばれた。十一歳には輝宗と名乗る。

 俺は次男らしいが、兄が養子にいったから伊達家を継いで当主となる。が、実権はくそ晴宗に握られていて、俺は名ばかりということだ。腹が立つ。

 転生してから、ボーと空ばかり見ていた。そんな時に、異邦いほうの者が現れたと騒ぎになっていた。何だ何だと顔を覗かせると、そこには甲太郎がいた。姿は前世での時と変わりなく、俺と違って転移をしたに違いない。

 アーティネスが言っていた、償い、の意味がわかった気がした。

「甲太郎!」

「はい? 誰ですか?」

「すまなかったな。重岡十吉だ」

「へ? 十吉?」

「そうだ。転生した。ここは戦国時代。まあ、部屋に行こう」

 甲太郎を部屋に入れて、俺の身の回りに起きたことを事細かに話してみた。そして最後に、甲太郎に謝った。

「まさかお前を裏切ってしまうことになって、悪かった」

「ハハハ。別に大丈夫だよ。それより、お前は大丈夫だったのか?」

「俺は大丈夫だった」

 まずは晴宗に甲太郎のことを報告し、怪しい人物ではなかったと話した。すると、晴宗は俺に甲太郎のことを丸投げしてきた。まあ、下手に詮索せんさくされるよりは良かったと言うべきか。

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