伊達政宗、幽霊退治は伊達じゃない その伍
成実とした会話について小十郎に粗く話した。
「成実が怖い声のトーンだったと?」
「そうだ」
「うーん。病気が嘘じゃないかって病人に聞いたら、誰でも怒るもんじゃねーか?」
「でも、滅茶(めちゃ)苦茶(くちゃ)怖かったんだぞ!」
「普通のことだと思うんだけど」
「違う! あれは普通じゃない。目が鋭くもなってんだ。殺意があったはずだ」
「怒ったら誰でも目が鋭くはなるだろ」
「じゃあ、成実は何で怒ったんだよ」
「だからだな、お前が病気は嘘じゃねーかって聞いたからだ」
「ほらー、成実が犯人だ」
「んー、もう一回言うぞ。誰でも怒るよ、病気が嘘だって言われたら」
「嘘だ、とは言ってない。病気って本当かって聞いただけだ」
「意味は同じだ。めんどくさい奴だなー!」
落ち着いた俺は、小十郎と部屋に入って景頼と愛姫も集合した。
それにしても、本当に成実の声とか怖かった......。あれが病人とは思えない。成実が犯人だという線が急浮上だ。成実に幽霊が取り憑いたわけじゃなくて、ただ幽霊が憑いた演技をしていたのか。体に異常な点もなかったし、成実が犯人と考えても差し支えはない。
景頼と愛姫に成実が怖かったことを、ざっくりと話した。
「やはり、私が申し上げた通り、成実殿が犯人なのでしょうか?」
「それはわからん。わからんが、景頼の報告が正しかったんだな。成実が犯人に、俺は一票入れる」
「じゃあ僕も」
俺に続いて小十郎も一票入れ、それに習って景頼と愛姫も一票ずつ入れた。これで『成実が犯人』に四票入ったことになる。
「んじゃ、名坂が成実に、幽霊のことを言及するってことか?」
小十郎の一言に、俺は狼狽(ろうばい)した。
「俺!? 俺が成実に言及するってことか!?」
「え? 話しの流れからしてそういうことだろ」
「嘘だろ......。成実怖いし、俺じゃなくても良くない?」
「名坂以外に適任はいないと思うんだが」小十郎は景頼、愛姫の表情を見た。「二人も名坂が適任だってさ」
「まだ言ってないぞ! どうなんだ、景頼?」
「私も若様が適していると考えます」
「め、愛姫は......」
「私も、小十郎殿や景頼殿と同じでございます」
本人の意志も通ることなく、俺が成実に言及することとなった。勇気が湧かなかったから、決行は明日となった。
それまでにやっておくことは特にないし、刀の手入れをした。
翌日、その時がきた。バクバクと鼓動(こどう)する心臓を深呼吸で押さえ込んで成実の元に向かった。相変わらず咳き込んで布団で横になっていて、周りには部下が五人か六人いる。
「成実」
「わ、若様......」
「起き上がらなくてもいい。それより、成実と二人で話したい」
「わかりました。──お前ら、席を外せ」
一斉に五人ほどが立ち上がり、部屋を出ていった。俺は自分自身を奮い立たせ、口を動かした。
「一昨日(おととい)の夜、景頼が怪しげな影を見たようだ。そして、その影は成実のようだったと言っていた」
「ええ......それで?」
「三の丸には幽霊が現れる。お前が幽霊の噂の元凶なんじゃないのか?」
「な......何を根拠に?」
「根拠はない。で、お前は何をしていたんだ?」
「その質問には答えることが出来ません」
「何で?」
「答えたくないからです」
「なぜ答えたくないんだ?」
「さあ」
「お、お前は何を企んでいる!!」
成実と話している間に、段々と成実が犯人ではないかと思えてくる。
「私は何も企んでいません」
「わかった。成実、弁明もないのだな?」
「まったくありません」
成実が何も言わないので、何か隠したいことがあると確信した。これから成実をどうするか。もし成実が敵だった場合は困るが、輝宗に報告すれば伊達成実は歴史上から消え去る可能性がある。成実は政宗が成り上がっていく上で重要な駒だ。死なれては大変だ。これではどうやって処分するか、線引きが難しい。
「成実。残念だ。有能な人間だと思っていたが......。俺に着いてこい」
成実は無言でうなずき、俺は扉を思い切り開けた。俺のあとに成実が続いて歩いているから、成実の部下は唖然としていた。その部下が成実のあとを追おうとすると成実自身が、着いてくるな、と言いかえした。
俺が成実を連れてきた場所は、いつも会議に使っている空き部屋だ。しかも、よく小十郎が暇つぶしに使う部屋でもある。例の通り、空き部屋には小十郎がいて、成実と俺が入ってきたことに驚いていた。
「若様、成実殿......どういたしましたか!?」
「成実に逆心の疑いがある。が、父上に報告はしたくない。有能な人材だからだ。なので、小十郎がいるこの部屋に連れてきた」
「連れてきたって、守役の私に押しつけるってことですか!?」
「ま、押しつけるってほどじゃない。責任の分散だ」
「それって同じ意味ですよ」
小十郎を加えた三人で、まずは床に座り込んだ。成実は下を向いて、少ししてから顔を上げた。その表情は、勝算があるようなものだった。はるか先を見据えているような、鋭い眼光。彼の口元は、微妙に緩んでいる印象を受けた。笑みを浮かべているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます