伊達政宗、妻を助けるのは伊達じゃない その肆

 止めたのは愛姫だ。ただ、愛姫の感じが違う。俺を優しく包み込む、柔らかい目だ。そう思ったら、つい抱きしめていた。愛姫も無言で抱きしめてくれた。

 手を離すと、愛姫はある部屋へと向かって歩き出した。俺は愛姫の後を追う。部屋に入り、扉を閉めた。部屋の奥の方に、誰か二人がいる。

「よう、俺」

 部屋にいた二人は俺と愛姫だった。

「俺と、愛姫が二人!?」

「ああ、安心しろ。俺と、横にいる愛姫は未来から来たんだ。さっきまで最近いた愛姫は未来から来た方だ。雰囲気が違っただろ?」

「!?」

 未来の俺の話しだと、最近愛姫の様子が違うと感じたのは未来の愛姫と入れ替わっていたかららしい。つまり、様子がおかしかった愛姫は別人だったというわけだ。

「何でって、過去の俺を驚かせるためだ。驚いただろ?」

「ああ。で、どうやって過去に来たんだ?」

「未来の景頼がタイムマシンを作った。江渡弥平のタイムマシン設計図を一度見たことがあると景頼は言っていた。だが、そのタイムマシンは過去への往復しか出来ず、一回の時間旅行と制限されている」

 不便だな。

「小瓶に入ってた植物は?」

「ケシ坊主の花言葉は『いたわり』とか『思いやり』だ。未知の植物、とお前が呼ぶのは『安産祈願』のものだ。俺が愛姫に持たせたんだ」

「本当は俺を脅かすために持たせたんじゃないか?」

「ハハハハハハ! さすがは過去の俺だ」

 やっぱり、全て俺を驚かせるためか。

「神辺は知っていたのか?」

「そうだ。協力者だ。でも、勘違いするな。俺は過去の俺のために来たんだ」

「どういうことだ?」

「これから産まれる五郎八姫を見せてやろうと思ったんだ」

 五郎八姫か。伊達政宗は最初、男が産まれると思ったから『五郎八ごろはち』という名前にした。が、産まれたのは女だったので急遽『姫』を付けて『五郎八ごろはち』を無理矢理『五郎八いろは』と読んだんだ。その五郎八姫を俺に見せに来た?

「面倒なことをするな」

「ハハハ! まあまあ。愛姫が五郎八姫を産むまではここに居させてもらうぞ」

「マジかよ」

「今夜は将棋だ! 過去の神辺と景頼も将棋に呼ぶからな」

「何で未来の俺が仕切るんだよ......」

 愛姫妊娠騒動は未来の俺の仕業、ということで終着した。『未来の俺』と『俺』の区別を付けるため、未来の俺は右頬に墨で星形のマークを書いた。『未来の愛姫』と『愛姫』は、着ている着物が別物なので印は付けてなかった。

 未来の俺に、未来では江渡弥平はどうなったか尋ねたがアーティネスに口止めされていると言って、答えてくれなかった。アーティネス、ちょっとケチだな。

 夜になり、未来の俺は大量の酒を飲んだ。酔っ払い、小十郎と鞘を使ってチャンバラを始めた。とても将棋どころではない。俺と景頼がチャンバラをめさせて、将棋盤と駒を二人に渡した。

 愛姫は愛姫同士で将棋対局をした。俺は景頼と将棋をしたのだが、ボロ負けした。

 未来の愛姫の腹はすくすくと大きくなっていった。その間に二ヶ月、三ヶ月は経ってしまったが......。

 出産をどうやるか。実は戦国時代の出産は、母子ともに死ぬ確率は高い。不衛生だからだ。なので、未来の俺と俺は協力し、安全性を前世の水準まで上げるために全力を尽くした。小十郎にも手伝ってもらい、ベッドなども用意した。

 あとは未来の愛姫が破水するのを待つばかり。そうして一ヶ月が経ち、とうとう破水が起こった。出産に使う部屋に愛姫を運び入れると、出産に立ち会う少数の者も部屋に入って他の者は部屋の外で待った。未来の俺は出産に立ち会う勇気がないらしく、部屋の外で俺と話しながら出産が終わるまで堪えた。

「今日からお前は父親になるんだろ? 頑張れよ」

「た、他人事みたいに言うなよ」

「本人同士だよ、俺らは」

「そうだな......」

 未来の俺はかなり動揺している。背中が汗でビッショリ濡れていた。愛姫の叫び声が聞こえるたびに体を震わせ、顔を下に向けた。


 数時間後、未来の愛姫は五郎八姫を産んだ。未来の俺は涙を流して喜んでいた。気になるから、俺も愛姫と一緒に五郎八姫の顔を覗き込んだ。

「可愛い!」

 愛姫は五郎八姫を見て、ふふふ、と笑った。赤ちゃんって前世と変わらず可愛いな。

「過去の俺!」

「......何だよ」

 急に、未来の俺の顔は晴れた。

「我が子は可愛いだろ!」

「可愛いことは認めよう」

「そうだろう、そうだろう」腕を組んで何度かうなずいていた。

「えっと」小十郎は頬を掻きながら笑みを浮かべた。「僕も見て良いですか?」

 未来の俺はこころよく、小十郎に五郎八姫の顔を見せた。小十郎も赤ちゃんを見るなり、可愛いと連呼した。日本人は大体、赤ちゃんが好きなようだ。

 五郎八姫が産まれて一週間後、タイムマシンに乗りこんだ三人は未来に向かって消え去った。俺は愛姫のいる部屋に行った。

「愛姫」

「政宗様!」

 やはり、未来の愛姫は俺のことを未来の俺とは別人だと考えていたのだと思う。今目の前にいる愛姫は、俺のことを優しい目で見ているからだ。

 病というのは体に悪い。しかし、妊娠という病は祝福するべきなのだ。新たな生命の誕生する病、祝福の病だ。

 俺は自然と、愛姫を抱きしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る