第2話 春夏秋冬への扉
愛猫が死んだので、タイムマシンを作った。
愛猫は腎不全で、猫が腎不全で死ぬことはほぼ避けられない運命で、そのこと自体は仕方がないと思う。
ただ、一番の心残りは、彼女が私の猫になってからのほとんどを私は勤め人として過ごしており、一日に十何時間も一匹きりで留守番をさせてしまったことだった。
仕事に行って帰ってくると、彼女はいつも、私がほんの十分席を立っただけのように穏やかに、でも嬉しそうに迎えてくれたものだった。
どうして家でできる仕事に就いておかなかったのかと、彼女が死ぬ直前は毎日毎瞬そればかり悔やんでいた。
彼女の死から半年ほどたったころ、三連休を利用してホームセンターに行き、材料をそろえてタイムマシンを作った。
はじめて作ったにしては良い出来だと思う。私は早速、彼女を飼い始めたころに戻った。
座標が若干大味なので、あのころ住んでいた家の近くの神社にタイムマシンを停めることにする。
ワンルームに出現しては彼女も驚くだろう。邪魔だし。
あのころ住んでいた街の商店街を歩く。
今はもうない喫茶店のカウンターに、昨年亡くなったマスターがサイフォンでコーヒーを淹れているのを見る。
角のスーパーでプラスチックの猫じゃらしと猫用のおやつ、自分のためにペットボトルのお茶を買った。
午前8時10分。『私』は今頃中央線に乗ってイヤフォンで世界を締め出している頃だろう。
3階建てマンションの2階、角の部屋。はやる心を抑えて、他の部屋の住人に見つからないように、そっとあのころ住んでいた家の鍵を開ける。
ドアを開けると、1Kの部屋の、居室とキッチンを分ける引き戸のガラス部分から、彼女がこちらをみて一声鳴いた。
私は『いつも』と同じように手を洗い、うがいをしてから居室の戸を開ける。
ただいま。
彼女は嬉しそうに喉を鳴らし、身体をすりつけてくる。
これでもう、お留守番しなくていいからね。
『私』のいない部屋に座って、彼女をなでていると、彼女がいつも帰宅した私を穏やかに迎えてくれた理由がわかった気がした。
(了)
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