未知代ちゃんと僕の明るい家族計画

@kakotsu

第1話 未知代ちゃんと僕のお正月

「仕事を辞めて、私と一緒に郷里に来てくれる?」

結婚してください、と、イルミネーションを前に片膝をついてダイヤの指輪を差し出した僕への、彼女の返事がこれだった。

「私、本部から戻って来いって言われてて……言い出せなくてごめん」

きらきら光るイルミネーション。彼女の瞳が赤や青の光を映して揺らめく。

3秒後、僕は答えた。

「不束者ですが……ついていきます!」

その言葉に思わず噴き出した彼女の薬指に、ようやく指輪が収まったのが先週の土曜日のこと。

新しい年の始まり、お正月を、僕は四分儀座の方角の、名前も知らない惑星で迎えることになった。

「あけましておめでとうございます」

そう言って、彼女が三つ指をつく。晴れ着の紅が目にも鮮やかだ。

その彼女の両サイドで、彼女の巨大なご両親が(たぶん)にこにこと僕を見下ろしている。

向かって左が父上。5メートル四方の入道雲の中で、青い稲光がピカピカしている。

今日まで一緒に過ごした感覚では、青はご機嫌の色だ。彼女いわく赤はご機嫌斜め、白光は怒髪天らしい(幸いまだ見たことはない)。

振袖姿(ヒューマノイドだ、もちろん)で正座する彼女の向かって右隣りが、母上。

母上は、高さおよそ300メートル、幅50センチ程度の円柱で、象牙色をしており表面は常に流動している。

今は下から上に向かって、反時計回りの細い渦が表面に現れている。母上のご機嫌はさらにわかりにくいが、

父上も彼女も普通にしているのでご機嫌はよろしいのだろう。

畳に障子に床の間には「年年歳歳花相似」とピンクの墨で大書された掛け軸。

十畳程度の茶室が荒野の真ん中に唐突にあった。ちなみに壁も天井もない。

空はどこまでも晴れ渡り雲一つない。地球と同じ青色だった。

その茶室に座って、親族一同お正月の挨拶だ。

「落太郎くん、今年もよろしく頼むよ」

「よろしくね、落太郎くん。――お父様お母さまも、わざわざこちらまで来ていただいてすみません」

父上の言葉に続けて、彼女が僕の両隣に座っている両親に頭を下げる。

それを見て、うちの両親も

「まあまあご丁寧に」

「こちらこそ、新年早々御呼ばれしてしまって」

などと言いながら笑いあう。

うちの両親は、二人ともヒューマノイドで、父は日本人、母も日本人、当然僕も日本人。

父はカイゼル髭を蓄え、紋付き袴を着こんでいる。母はベージュのワンピースにパールのネックレス。

ふたりともめかしこんでいる。

ちなみに、この星まではうちの実家から徒歩0秒。なんかどこかで見たドアみたいな文明の利器があり、亜空間ワープだかで直通らしい。

よくわからんがでたらめじゃない?というと彼女はそういわれても小さいころからこうだからなあ、と首を傾げられた。

うちの両親と彼女の両親は仲良くなんだかよくわからないものを酌み交わし始めたので、彼女が僕のところへ引き上げてくる。

「ごめんね、うちの親が無理言って」

「全然」

首をふると、彼女が少し僕の肩にもたれる。

「晴れ着って疲れるね」

似合ってるよと言うと、彼女もふふふと笑った。

「未知代ちゃん」

「なあに?」

「僕でよかったの?」

「質問の意図がわからないわ」

んー、と、しばし言葉を探す。

「地球人だし」

「それを言うなら、落太郎くんこそ私でいいの?宇宙人だし。文化だって違うし」

「まあ、言っても地球から徒歩0秒だしなあ」

彼女の母星はさまざまな星からの移民で構成されており、しかもなんかやたら広大無辺な土地を持っているので、

いろいろな特性の人々がそれぞれに適した地形の場所に住み着いているのだった。

彼女の両親はああいう形態なので都市住民には向かず、この荒野を家としている。

ちなみに、彼女と彼女の両親は(こういう言い方が適切かわからないが)きっちり血がつながっている。

彼女も実はああいう第二形態みたいなのがあって、ヒューマノイドは仮の姿なのかと思ったが、そうではなくヒューマノイド一本らしい。

ああいう方が宇宙人ぽくてよかった?と言われたが別にそんなことはない。仮に彼女の本当の姿がグレゴール・ザムザの変身後みたいなのでも僕はかまわない。

「未知代ちゃん」

「なあに?」

「僕、一つだけ気になっていることがあるんだけど」

「なにかしら」

「未知代ちゃんと僕の、子どもさあ……」

「ヒューマノイドかって?」

うん、とうなずくと、美千代ちゃんはうーんと伸びをして、肩の力を抜いてから言った。

「わかんないわねえ」

「そっかあ」

「ヒューマノイドじゃないと、いや?」

「とんでもない!」

僕は力を込めて未知代ちゃんに向き直って、言う。

「入道雲だろうと円柱だろうと三角錐だろうとイグアナだろうと、全然気にしないよ!」

「こういっては何だけど、落太郎くんてかなり変わった感性よね」

「そうかな?」

自分ではわからない。

「ただ、僕育休とろうと思ってたからさ……ちゃんとお世話できるかって……」

「落太郎くん……」

彼女が感動したように瞳を大きくして見上げてくるから、僕もちょっと照れる。

「だいじょうぶよ、落太郎くんなら入道雲だとうと円柱だろうと三角錘だろうとイグアナだろうとタコだろうと、パーペキよ」

「パーペキかな」

そう言って笑う彼女の頭に、僕も頭をもたせかける。

ちょっと、びっくりしたけど、仕事辞めてついてきてよかったなあ。

正月明けから始まる主夫業に思いを馳せながら、僕は異郷の青い空を見上げた。

まあ、幸せだからいいよね。

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