第3話ピアノの少女

━━━[コンコン 二年C組の宝生です。鬼頭先生いますか。━━━



この職員室に入る前に言う言葉は、学校生活で使う言葉[第14位]くらいで多分全国の学生は使っているだろう。



「おう、宝生来たな

早速だがそこに置いてある教材を準備室に運んでくれ。遅刻した罰だ、ちゃんと従ってもらうぞ」


口調だけなら、そこら辺にいる体育科の教師だが、実際には社会科の女性教員だ。


「そのくらいやりますよ。実際もっと酷いことをやらされるかと思ったし。ボソッ」


「聞こえてるぞぉ」


先生の声を右から左に聞き流しながら、駅前でやったガチャガチャのストラップが垂れ下がっている学校用のカバンを肩から下ろして、教材を両手いっぱいに持った。


胸の位置にまでつもる教材を持ち、準備室を目指しているときに中庭を挟んだ向かい側にある別棟からピアノの音色が聞こえた。


その音色は力強く繊細で心ごと持っていかれそうになる、そんな音をしていた。


気づいた時には、ピアノの音が聞こえる部屋まで来ていた。


こんな音色を出す人は誰なのか。

自分が先生に任された仕事を忘れて、ただ無心にドアノブを下に押し自分のもとに引き付けた。



赤とんぼが飛んでいそうな夕焼けに便乗するかのように

長い髪の毛は、赤茶色に染まり

細くて長い指は、ピアノの鍵盤を力強く弾き見た目とは裏腹に美しい音色を生み出している。


「坂月 結葉」


脳で考えるスピードより口が動いた方が早く、声が漏れてしまった。

慌てて口を塞ぐがもう遅い。


「何か用?」


「いや、ピアノの音につられて、いつの間にかここにいた。そういえばお前ここにいた。あっそういえば、お前今日学校来てたんだな。お前に言いたいことがあって、今朝いつもより早く駅に向かって待っていたんだよ」


そう。俺はあの日、坂月に目撃された公園から近い駅で待っていれば、また会えると確信を持っていた。


けれど坂月に会うことは無かった


「えっ?そうなの?え、えっーと今日は日っちょ.....そう日直よ!だから、あなたよりも早く家を出たわ」


なるほど、そういう事か。俺は、変に深く考えすぎていたのかもしれない。


「それで、あなたの要件は何?」


「あーその、昨日の事他言無用で頼む」


「分かった、いいわ。その代わり今週の日曜日に私に付き合って」


高校生活二年目で初めて女の子からのデートのお誘いを断る必要は無い


「あぁ、いいぜ」


無駄にイケボ風で重低音を響かせて言った。


「じゃあ、駅前に午後一時に集合ね」


「分かった」

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